マラソンはギリシア人を楽しませるために生まれた by 『陸上競技のルーツを探る』

書評

オリンピックや世界陸上で行われる近代陸上競技の多くは、古代ギリシアの競技祭がルーツになっています。陸上競技の種目ごとに歴史の紐を解いた『陸上競技のルーツをさぐる』(岡尾恵市)が面白かったので紹介します。

マラソンは競技ではなかった?

本書によると、紀元前700年頃には、短距離競争である「スタディオン走」、スタディオンを往復する「ディアウロス走」、「古代五種競技」、走り幅跳び、円盤投げ、槍投げが古代ギリシアの競技祭行われていた記録が残っています。

意外にも、当初は中長距離がなかったんですね。マラソンのような長距離を走ることは、主に通信や伝達の手段として行われていました。

マラソンの故事で、ギリシア兵のフィディピディスがマラトンからアテネまでの40キロを走ったエピソードは有名ですが、これも「マラトンの戦い」での勝利をアテネの元老に伝えるための「伝令」が目的です。

ミシェル・ブレアル教授の助言

時は1894年。クーベルタン男爵は近代オリンピック大会の復活に向けて、ソロボンヌ大学で有識者を集めます。第一回目のオリンピック開催に向け、国際オリンピック委員会は「五種競技」と「円盤投げ」を行う予定でしたが、フランスの歴史学者ミシェル・ブレアル教授は「マラソン」の採用を助言します。

マラソンは古代ギリシアの種目ではありませんでしたが、ブレアル教授はマラトンからアテネの間を走る40キロの長距離レースを構想しました。

面白いのが、その目的。マラソン競技を行うことで、オリンピックに無関心だったギリシア人の「オリンピック熱」を高揚させる、というものでした。

マラソンは競技場内で行う種目と異なり、選手が市内を駆け回るので、より多くの市民がオリンピックを直に観戦することができます。マラソンは、オリンピックの大衆化に欠かせないツールだったのですね。

距離はざっくり40キロ

本書によると、マラソンの距離が42.195キロに制定されたのは、1924年の「パリ大会」からだといいます。

1924年の「パリ大会」では、「第4回ロンドン大会」に準じてコロンベス競技場からパリ郊外のボントワズ街を往復する26マイルに加えて、「1周500メートル」の競技場に入ってからゴールまでの距離を調整して、合計「26 1/4 マイル(42.195キロ)」になるコースを設定して行いましたが、それ以降「国際陸連」は、このとき使ったコースの距離を「公認マラソン・コースの距離」と決め、今日に至っているのです。

それまで「ロンドン大会」を除いては、ざっくり40キロ。「ストックホルム大会」は40.2キロ、「アントワープ大会」では42.7キロ、とかなりばらつきがあったそうです。

まとめ

以上、陸上競技の変遷をまとめた『陸上競技のルーツをさぐる』を紹介しました。興味がある方は、今年の夏のロンドン世界陸上の前に予習しておきましょう!

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