おばあちゃんと一緒に走った「別大マラソン」の思い出

ちょうど1年前の今日、89歳だった祖母は天国へ旅立っていった。

その2週間後に、僕は大分県別府市にいた。市民ランナーの憧れである「別府大分毎日マラソン」に出走するためだ。参加資格をクリアし、クリック合戦を勝ち抜いて、念願の「別大マラソン」のスタートラインに立つことができた。

「今日はおばあちゃんのために走ろう。」そう思いながら走り始めた。

前半のコンディションは概ね好調で、4’10/kmを切るペースでハーフ地点を通過。まだまだ余力もあるし、サブ3はもちろん、自己ベストも狙えるかも!と意気込んでいた。

33km地点までは順調だった。しかし34kmあたりから急激にペースダウンしてしまい、立ち止まったり歩いたりするのを我慢しながら、なんとか走り続けた。このままだとサブ3どころか、完走すら怪しい。これまでの経験上、フルマラソンで一度ペースダウンしてしまうと、途中から復活することはまずない。

不思議なことが起こった。ラスト3kmで、急に脚が軽くなったのだ。自分でも驚くほど、ペースが自ずと上がってきた。

沿道の応援が背中を押してくれたのは間違いない。今回のレースでは、ブログの読者さん数名が「ともさーん!」と声をかけてくれた。中には「埼玉・ともさん・ガンバレ!」と書かれたプラカードを持って応援してくれた方もいた。一度もお会いしたことないのに、本当にありがたいことだ。

ただ、それだけでは説明がつかない。あの時僕は、もっと大きな力に背中を押された気がする。「ともくん、もっと行けるでしょ」、と亡くなった祖母がエールを送ってくれたのではないか。そんな気がしてならない。

ランニングは孤独なスポーツだが、決してひとりぼっちではない。マラソン大会を経験すればするほど、そのことを強く実感する。

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