中山道を走る旅:沓掛→追分→小田井→岩村田→塩名田→八幡

中山道を走る旅:沓掛→追分→小田井→岩村田→塩名田→八幡|ともらん

東京から京都まで「中山道」歴史街道を走って旅する企画を1年5ヶ月ぶりに再開。今回は、中山道19番目の宿場町「沓掛」から、24番目の宿場町「八幡」まで、日帰りで 20kmの道のりを走りました。
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中山道を走る旅

今回の旅ランでは、中山道19番目の宿場町「沓掛」から、24番目の宿場町「八幡」まで、日帰りで 20kmの道のりを走りました。

  • 出発:沓掛宿(長野県北佐久郡軽井沢町中軽井沢)
  • 終着:八幡宿(長野県佐久市八幡)
  • 走行距離:19.8km
  • 所要時間:約4時間

スタート地点の沓掛宿(くつかけしゅく)は、現在の中軽井沢駅のすぐ近く。大宮駅→軽井沢駅は北陸新幹線で向かい、軽井沢駅→中軽井沢駅は地元ローカル鉄道「しなの鉄道線」でひと駅です。

ゴール地点の八幡宿(やわたしゅく)は、長野を流れる千曲川を越えた先にあります。近くに電車が走っていないので、八幡→佐久平駅はローカルバス路線「千曲バス」で移動しました。佐久平駅→大宮は北陸新幹線で一本です。

STRAVAのアクティビティデータ

それでは早速、旅ランの様子をお届けします!

中山道19番目の宿場町「沓掛」

朝9時前に長野県の中軽井沢駅に到着。駅舎はブラックを基調としたシックなデザインが特徴です。

中軽井沢駅
中軽井沢駅

前回、坂本宿〜沓掛宿を走ったのは2017年5月でした。1年半近くもブランクが開いてしまったことにプチ後悔…。

荷物は、トレイルランニング用のバックパック「サロモン スキンプロ 10」にまとめました。ハイドレーションも飲み水 2000mlが満タンです。

サロモン スキンプロ 10
サロモン スキンプロ 10

中軽井沢駅から歩いてすぐの駅前交差点が、かつて沓掛宿があった場所。中山道は現在の国道18号です。

中軽井沢の駅前交差点
中軽井沢の駅前交差点

ちなみに写真右方向の国道146号は「星のや軽井沢」や「トンボの湯」などがある星野エリアへ向かうルートです。

国道18号沿いの歩道を走り始めてしばらくすると脇道に入ります。江戸時代の中山道=国道18号ではないんですよね。

旧街道を直進
旧街道を直進

遠近宮

途中、遠近宮と書かれた神社に差し掛かりました。

遠近宮
遠近宮

遠近は「えんきん」と読むのかと思いきや、「おちこち」と読むそうです。

この地域一帯を遠近(おちこち)の里と言い、浅間山をご神体とする浅間様が祭られていました。(…)安産の神として信仰が厚く、戦前は北陸の人を始め多くの人々の参拝がありました。(現地案内板より)

土屋作右衛門家

こちらの黄色い壁が特徴のお家は、米穀問屋の土屋作右衛門の旧宅です。中山道にはこのような江戸時代のお屋敷が今もなお残っています。

土屋作右衛門家
土屋作右衛門家

再び国道18号に合流し、緩やかな坂を上り切ると「標高1003m」と書かれた看板が目に留まりました。海抜0mの東京日本橋から、ずいぶん高いところまで上ってきましたね。

標高1003mの看板
標高1003mの看板

と思ったら、すぐまた国道18号から逸れて細い道を進んでいきます。

中山道 追分宿へ
中山道 追分宿へ

中山道の道中では、「中山道」と書かれた標識を目にします。まもなく追分宿です。

中山道の標識
中山道の標識

中山道20番目の宿場町「追分」

 沓掛宿から4.3km、中山道20番目の宿場町である追分宿に到着しました。

「追分」とは、道が左右に分かれる場所を意味しますが、ここ追分宿の先には「北国街道」と「中山道」の分岐点があります。

北国街道と中山道の追分に当たり宿名が生まれた。中山道の宿の中でもっとも標高が高く、宿の雰囲気を色濃く残す。堀辰雄、立原道造など多くの文人の心のふるさととして愛された。ーー『中山道69次を歩く』より引用

追分宿一帯は道路がきれいに舗装されていて、観光客もちらほら見かけました。

中山道追分宿
中山道追分宿

軽井沢の紅葉シーズンは10月下旬ですが、所どころですでに葉っぱが色づいています。

紅葉
紅葉

堀辰雄 文学記念館

途中、「堀辰雄 文学記念館」の前を通ります。立ち寄ってみたかったのですが、時間がないのでやむなくスルー。

堀辰雄 文学記念館
堀辰雄 文学記念館

浅間山道路

ここ追分宿から浅間山に向かう登山道が始まります。浅間山の火山活動の状況と立入禁止区域については、こちらのサイトが参考になります。

浅間山道路
浅間山道路

浅間山 泉洞寺

追分宿の一角に佇む「泉洞寺」に寄り道してきました。

浅間山 泉洞寺
浅間山 泉洞寺
泉洞寺の六地蔵
泉洞寺の六地蔵

宿場町を出ると、再び国道18号に合流します。

追分宿
追分宿

北国街道との分岐点

こちらが「追分」の地名にもなった北国街道(右)と中山道(左)の分岐点です。

北国街道(右)と中山道(左)の分岐点
北国街道(右)と中山道(左)の分岐点

シャーロック・ホームズ野外彫刻

このまま中山道方面に進むつもりでしたが、「シャーロック・ホームズ野外彫刻」と書かれた看板を見かけて気になってしまいました。小学生の頃からシャーロック・ホームズの大ファンなので、これはスルーできないと思い、北国街道方面へ進んでいきます。

案内どおりに進んでいくと、想像よりもはるかに小さなシャーロックホームズが立っていました。

シャーロックホームズ像
シャーロックホームズ像

シャーロック・ホームズと追分宿の複雑怪奇な関係性…。あなたならどう推理しますか?

アーサー・コナン・ドイルが書いたホームズ物語全60作品を翻訳家延原謙がここ追分で全訳したのにちなんで、この地を選び、ホームズ登場100周年を記念してホームズ像野外彫刻を建てました。(現地案内板より)

余談ですが、こちらの記事で英国ロンドンの「シャーロック・ホームズ博物館」について書いています。

コースも話題もずいぶん脱線してしまいました。中山道に戻ります。

先ほどの分岐点の少し先で、国道18号(右)と旧中山道(左)が分岐します。

旧中山道へ
旧中山道へ

中山道69次資料館

ちょうどこの分かれ道の場所に「中山道69次資料館」があります。詳しくはこちらの記事にまとめています。

中山道69次資料館
中山道69次資料館

中山道69次を歩く』の著者であり、資料館の館長でもある岸本豊さんが、15年以上かけて個人的に収集された資料が展示されていました。

資料館の中庭では、中山道の旅が疑似体験できます。館内の資料といい、こちらの体験コーナーといい、中山道に対する館長の並ならぬ思いがひしひしと伝わってきます。

さっと切り上げる予定が、中山道69次資料館で1時間も過ごしてしまいました。

急いで次の小田井宿を目指します。残り約3km。

中山道の標識
中山道の標識

追分宿は、中山道の宿場町としては最も標高が高い場所にあります。小田井宿への道のりは、緩やかな下り坂が続きます。道路脇には用水路が流れているので、落ちないように気をつけて走ります。

小田井宿への道のり
小田井宿への道のり

途中、線路を横断するために地下道を通ります。この辺りは現代風…。

中山道の地下道
中山道の地下道

ひたすら下り坂を駆け抜けます。

小田井宿への道のり
小田井宿への道のり

中山道21番目の宿場町「小田井」

追分宿から5.0km、中山道21番目の宿場町である小田井宿に到着しました。

浅間山の麓にある小さな町で、女性が安心して利用できたため姫の宿と呼ばれた。本陣、問屋、旅籠屋など江戸時代から建物が現存。街道中央にあった宿場用水も東に寄せられ残る。ーー『中山道69次を歩く』より引用

追分宿に比べると宿場町らしい雰囲気はありませんが、小田井宿跡の看板が立っていました。

小田井宿跡の看板
小田井宿跡の看板

また、江戸の面影を残す建物と松の大木もありました。

江戸の面影を残す建物と松の大木
江戸の面影を残す建物と松の大木

住宅街を抜けると県道9号に入ります。そこそこ交通量のある道路です。

県道9号
県道9号

長野県佐久市に入りました。

小田井宿への道のり
小田井宿への道のり

住吉神社

この辺りの見どころといえば「住吉神社」でしょうか。

住吉神社
住吉神社

鳥居のすぐ横には、大きな裂け目の入った大木が立っています。大人がすっぽり入るくらいの大きさです!

住吉神社
住吉神社

中山道22番目の宿場町「岩村田」

小田井宿から4.7km、中山道22番目の宿場町である岩村田宿に到着しました。

穀倉地帯佐久平の中心。内藤氏1.6万石の城下町は本陣も脇本陣もない小さな宿であった。交通の要衝として発展し商店街になっているが、東側の歩道の下から宿場用水の音が聞こえる。ーー『中山道69次を歩く』より引用

岩村田の宿跡は珍しく昭和レトロな面影が残る商店街でした。

岩村田の宿跡にある商店街
岩村田の宿跡にある商店街

こちらは商店街の一角にある多目的商業施「つどいの館 中山道岩村田宿 こてさんね」。地元住人の憩いの場となっているそうです。

中山道岩村田宿 こてさんね
中山道岩村田宿 こてさんね

商店街を抜けると、進行方向を直角に曲がって右方向へ。

中山道の標識
中山道の標識

都心ではなかなかお目にかかれない、懐かしい踏切を渡ります。

中山道の踏切
中山道の踏切

途中、庚申塔などの石碑が立ち並ぶエリアを通過します。

庚申塔
庚申塔

しばらく住宅街の中を走ります。

塩名田宿へ
塩名田宿へ

住宅街を抜けると、黄金色に輝く田んぼが広がります。素晴らしい景色に感動して、しばらく立ち止まってしまいました。

田んぼ
田んぼ

またまた見つけました、中山道の標識。塩名田宿まであと少し!

中山道の標識
中山道の標識

駒形神社

塩名田宿に向かう途中、鬱蒼とした森の中を通ります。そこにポツンと立っているのが「駒形神社」です。

住吉神社
住吉神社

駒形神社の創立については記録に乏しく明らかではないが、この地方は、いわゆる信濃牧の地であり、祭神には騎乗の男女二神像を安置しているので牧に関連した神社と推定されている。(現地案内板より)

「駒」と馬のことですね。案内板にある「信濃牧の地」を調べてみると、平安時代にこの辺りには皇室の用馬を放つ牧場があったそうです。松本市のこちらのページが参考になります。

中山道23番目の宿場町「塩名田」

小田井宿から5.1km、中山道23番目の宿場町である塩名田宿に到着しました。

千曲川河畔の宿。河岸段丘上に本陣、段丘崖に滝不動、段丘崖下に河原宿がある。八幡宿まで27町しかなく、宿間距離は中山道最短。広重が描いた大ケヤキは枯れたが切り株が残る。ーー『中山道69次を歩く』より引用

塩名田宿は変わった地形をした宿場町です。見どころも多く、宿場町をピンポイントで観光したい人にはおすすめです。

こちらは塩名田宿の観光マップ。左側の川が長野を流れる「千曲川」です。

塩名田宿の観光マップ
塩名田宿の観光マップ

本陣周辺

本陣周辺の建物には、江戸時代の屋号が掲げられています。こちらは「佐野屋」。

塩名田宿「佐野屋」
塩名田宿「佐野屋」

一番大きな建物が「問屋本陣」です。

塩名田宿「問屋本陣」
塩名田宿「問屋本陣」

高札場

問屋本陣の近くには「高札場」が立っています。現代風に言うと、町内掲示板ですね。

高札場
高札場

江戸時代は、宿の街道筋の真中を塩名田用水が西から東へ流れていて、高札場が用水路をまたいで設けられていた。そこには五枚の高札があり内容的には、宿継ぎの人馬賃銭、親子兄弟間の道徳、毒薬偽薬、などが掲げられていた。(現地案内板より)

しばらく走り続けると、脇道に外れて急な坂を下っていきます。

中山道
中山道

坂を下った先も宿場町です。

坂の下の宿場町
坂の下の宿場町

さらに直進すると、千曲川にぶつかります。

千曲川
千曲川

千曲川を渡るには、赤い鉄橋を通る必要がありますが、江戸時代は写真(現地案内板より)のような仮設の橋を渡ったそうです。

江戸時代の千曲川
江戸時代の千曲川

千曲川を横断中。中軽井沢を出発した時は、今にも雨が降りそうな曇りだったのに、気づいたらいつの間にか晴れていました。

千曲川
千曲川

塩名田宿〜八幡宿は、宿間が中山道最短です。こちらの案内板だと2.2kmしか離れていません。

住吉神社
住吉神社

中山道24番目の宿場町「八幡」

千曲川を渡ってすぐに八幡宿に到着!今回の旅はここまでです。

住吉神社
住吉神社

八幡宿で可愛らしいバス停を発見!

八幡宿のバス停
八幡宿のバス停

八幡宿からは、千曲バスに乗って佐久平駅へ移動します。バスは1〜2時間に1本しかないので、乗り過ごすと大変。次回は再びこのバス停からスタートします。

八幡宿のバス時刻表
八幡宿のバス時刻表

八幡宿の続きは、次回のお楽しみに!

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