中山道を走る旅:高崎→板鼻→安中

中山道を走る旅:高崎→板鼻→安中|ともらん

東京から京都まで「中山道」歴史街道を走って旅する企画。今回は、中山道13番目の宿場町「高崎」から、15番目の宿場町「安中」まで、日帰りで 10kmの道のりを走りました。
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フルマラソンの1週間ということもあり、今回は10kmしか走りませんでした。

中山道を走る旅

今回の旅ランでは、中山道13番目の宿場町「高崎」から、15番目の宿場町「安中」まで、日帰りで 10kmの道のりを走りました。

  • 出発:高崎宿(群馬県高崎市)
  • 終着:安中宿(群馬県安中市)
  • 走行距離:10.8km
  • 所要時間:約2時間

STRAVAのアクティビティデータ

中山道13番目の宿場町「高崎」

2016年12月に高崎に到達して以来、約4ヶ月ぶりに中山道を走る旅を再開します。今回は、高崎宿のあった群馬県高崎市からスタートです。

高崎宿。井伊直政が城を構え、高崎と命名。お江戸見たけりゃ高崎田町と謡われるほど賑わったが、城下町のため本陣も脇本陣も置かれなかった。竜見町に武家屋敷、本町に土蔵造りが残る。ーー『中山道69次を歩く』より引用

高崎城跡を散策

中山道から少し外れますが、走り始める前に高崎城跡を訪れました。

城跡といっても天守閣や建物が残っているわけではなく、石垣とお堀の一部が残っているだけです。周辺はちょっとした公園になていました。そこにぽつんと立つ少年の銅像。北村西望作「将軍の孫」です。あの「長崎平和祈念像」を制作した彫刻家の作品です。

芸術鑑賞はこれぐらいにして、ナカ旅を再開しましょう。県道354号、通称田町通りから走り始めます。

烏川を渡る

しばらく走ると、今度は左折して住宅街に入ります。「旧中山道」の標識に従って烏川を目指します。

途中、ボウリング場「パークレーン高崎」の横を通り過ぎました。屋根の上には大きなボウリングピン。最近はこういうのをあまり見かけなくなりました。

烏川に到着。芝生の真ん中に「きみがよはし」と書かれた標石を見つけました。よく見るとこれ、石橋の親柱ですね。橋を架け替えた時に、親柱だけ記念に移設したそうです。

君が代橋というの名は、明治十一年九月、明治天皇が北陸東海御行幸のとき、馬車で木橋を渡られたことを記念して命名されました。

これから烏川を渡ります!ここで一度国道18号と合流します。

烏川を渡るとすぐに国道18号から逸れて住宅街へ入ります。途中、だるまの製造所を見つけました。これでもう2軒目です。高崎はだるまの名産地ですからね。

碓氷川沿いを走る

しばらく走り続けると、再び国道18号と合流しました。ここからは碓氷川沿いの土手の上を走ります。ちょうど菜の花が満開です。

こんな大きな桜の木もありました。江戸時代の旅人もこの桜の木の下を通ったのでしょうね。

日本橋から28里(約112キロ)、藤塚の一里塚でひと休みします。群馬県で現存する唯一の一里塚で、県指定史跡に登録されています。

だるまの町

碓氷川沿いの土手を走っていると、突然だるまが姿を現しました。

碓氷川の対岸に少林山達磨寺というお寺があるので、寄り道してみたいと思います。達磨寺は過去に2回訪れていますが、旧中山道沿いにあるとは知りませんでした。

少林山達磨寺は、縁起だるまの発祥の地とされています。毎年新年には、北関東最大の「だるま市」が開催されます。

張り子の縁起だるまは、この寺から生まれました。昔、大洪水で流れて来た大木で、一了いちりょう行者が達磨大師の像を彫ってお堂に安置したのがこの寺の起こりです。(・・・)今から200年程前天明てんめいの飢饉ききんの後、農民救済のため九代東嶽とうがく和尚は、心越しんえつ禅師の描かれた達磨大師の図を手本に木型を作り、農家の副業に張り子だるまを作らせ、七草大祭に売らせたところ評判となり、縁起だるまの少林山と言われる今日の隆盛をみるに至りました。(公式サイト

達磨寺

こちらが少林山達磨寺のエントランス。

少林というだけあって、山の上にお寺があるんです。見てください、この階段。。旅の途中で体力を消耗したくはないのですが、ここまで来たら上らないわけにはいかないでしょう。。

本堂にはだるまが山積みになっていました。

近づいてみると迫力ありますね!

こんな大きなだるまも置いてありました。

実は本堂の裏側に駐車場があって、自動車だと階段を上らずに本堂まで来ることができるんです。足腰に自身のない方は、覚えておいてください。

少林山にはもうひとつの見どころがあります。洗心亭と呼ばれる日本家屋で、世界的な建築家ブルーノ・タウトが住んでいたことで有名です。

洗心亭での生活は、6畳と4畳半だけの狭い簡素な建物ですから不便であったと思いますが、タウトは鴨長明の方丈記や松尾芭蕉の奥の細道を読み、池大雅の十便図を是とするほど、日本特有の「わび」「さび」の心をドイツにいる頃から学び、かえって自然に囲まれた「侘び住まい」を楽しまれたように思います。(公式サイト

高崎市から安中市へ

洗心亭でひと休みした後は、少林山を下山して旧中山道に戻り、碓氷川沿いの土手を走り続けます。しばらく走ると群馬県安中市に入りました。

「ゆっくり走ろう安中宿」と書かれたこけしがお出迎えしてくれました。

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中山道14番目の宿場町「板鼻」

踏切を横断するのは久しぶりですね。こちらは高崎駅と横川駅を結ぶJR信越本線です。

踏切を渡りると板鼻宿に入ります。

板鼻宿。宿の西側を流れる碓氷川は架橋が禁じられていたため、川留めになることがあり、上野7宿の中で旅籠屋が最も多く栄えた。和宮が泊まられた本陣の書院が残る。双体道祖神が目立ち始める。ーー『中山道69次を歩く』より引用

江戸時代の面影はありません。右の「板鼻館」と書かれた建物は、旧旅籠跡で今は四代続くカツ丼の老舗。「すり鉢タルタルカツ丼」が有名だそうです。

板鼻公民館の前に「板鼻宿本陣跡」の標識を発見。江戸時代はこの辺りが板鼻宿の中心でした。

その隣には「中山道板鼻宿」の標石がドーンと置いてありました。

板鼻川

鷹巣神社の入口でひと休み。

神社の横を流れる「板鼻川」を渡ります。

えっ?!?これが一級河川?と思わず叫んでしまいました。一級河川って、荒川とか利根川とか大きな川だと思っていましたが、こんな小川がどうして一級河川???

その謎を解くべく国土交通省のホームページを見ると、次のような解説がありました。

河川は上流部から小さな河川が合流し、この合流を繰り返しながら徐々に海へ向かうにしたがい、大きな河川となっていきます。これら一群の河川を合わせた単位を「水系」と呼んでいます。1965年に施行された河川法によって、国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定されたものを「一級水系」と呼んでいます。一級水系に係る河川のうち河川法による管理を行う必要があり、国土交通大臣が指定(区間を限定)した河川が「一級河川」です。「二級河川」は、一級水系以外の水系で公共の利害に重要な関係があるものに係る河川で、河川法による管理を行う必要があり、都道府県知事が指定(区間を限定)した河川です。

つまり、一級河川とは川幅や流域面積で決まるものではなく、一級水系に係る河川で国土交通大臣が指定すれば一級河川となります。板鼻川は最終的に一級水系の利根川と合流するため、利根川水系の一級河川というわけです。

板鼻川のすぐ近くを流れる「碓氷川」も一級河川です。こちらも利根川水系ですね。

下の写真は道中の廃屋です。高崎を越えてから、中山道でこうした廃屋をよく見かけます。

中山道15番目の宿場町「安中」

碓氷川を渡ると、住宅街を抜けて安中宿を目指します。今回は走行距離が3キロちょっとなので、あっという間に走り終えてしまいました。

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