中山道を走る旅:八幡→望月→芦田→長久保→和田→下諏訪

中山道を走る旅:八幡→望月→芦田→長久保→和田→下諏訪|ともらん

東京から京都まで「中山道」歴史街道を走って旅する企画。今回は、中山道24番目の宿場町「八幡」から、29番目の宿場町「下諏訪」までの道のりを紹介します。
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ちょうど《さいたま国際マラソン》の4週間前ということもあり、30km走ならぬ40km走を兼ねての旅ランです。

途中、中山道の難所として知られる標高1500mの「和田峠」を越え、ロング走だけでなく、坂道ランの練習もできました。

下諏訪に着く頃には、さすがにヒザがガクガクでしたけどね。

中山道を走る旅

今回の旅ランでは、中山道24番目の宿場町「八幡」から、29番目の宿場町「下諏訪」まで、日帰りで 40kmの道のりを走りました。

  • 出発:八幡宿(長野県佐久市八幡)
  • 終着:下諏訪宿(長野県諏訪郡下諏訪町)
  • 走行距離:40.1km
  • 所要時間:約8時間

スタート地点の八幡宿(やわたしゅく)は、JR佐久平駅から路線バスで15分ほど。大宮から佐久平までは北陸新幹線の始発で向かい、路線バスも始発に乗りました。

ゴール地点の下諏訪宿(しもすわしゅく)は、諏訪湖の北、JR中央本線下諏訪駅から歩いて15分ほど。すぐ近くに諏訪大社があります。帰路は特急あずさ号に乗って新宿経由で帰りました。

Reliveの動画

以下の動画を再生すると、今回ぼくが走ったコースをマラソン実況中継風に確認できます。Reliveというサービスを使っています。

Relive ‘Morning Run’

STRAVAのアクティビティデータ

Stravaの走行データは次のとおり。

中山道24番目の宿場町「八幡」

前回は、沓掛宿から八幡宿まで走りました。

関連:中山道を走る旅:沓掛→追分→小田井→岩村田→塩名田→八幡

今回は、塩名田宿から2.9km、中山道24番目の宿場町である八幡宿から走り始めます。

高良社を旧本殿とする八幡神社があり、宿名となった。市川五郎兵衛が開いた新田に近く、今は信州を代表する五郎兵衛米の産地ーー『中山道69次を歩く』より引用

40kmの長丁場なので、本当に日帰りで走りきれるのか不安でした。とりあえず早朝から走り始められるように、始発の電車とバスでスタート地点へ向かいます。

千曲バスの八幡神社前停留所で下車。乗客はぼくだけでした。

八幡神社前停留所
八幡神社前停留所

八幡神社

まずは、八幡宿の宿名でもある「八幡神社」で旅の安全祈願。八幡神社旧本殿の「高良社」は国の重要文化財にも指定されています。

八幡神社
八幡神社

半袖・半ズボンの格好で走りつもりでしたが、あまりにも寒いので神社の境内で長袖・長ズボンに着替えました。

八幡神社で着替え
八幡神社で着替え

今回も SALOMON Skin Pro 10に荷物と水分補給のハイドレーションを背負って走ります。

八幡宿本陣跡

辺りを霧が立ち込める中、旧中山道を南西に向かって走り始めます。車通りはほとんどありません。

中山道八幡宿
中山道八幡宿

宿場町があった場所には、八幡宿本陣跡が残っていました。

八幡宿本陣跡
八幡宿本陣跡

次の「望月宿」を目指して走り続けます。

中山道案内板
中山道案内板

途中から住宅街の細い道に入ります。

望月宿へ
望月宿へ

マンホールが馬のデザインで可愛い。平安時代には、この辺り一帯に皇室の用馬を育てる牧場があったそうです。

望月のマンホール
望月のマンホール

旧中山道

江戸時代の旅人が行き来した中山道と、現代の中山道は必ずしも同じではありません。昔の人が歩いていた「中山道」は今では道路として使われていなかったりします。

下の写真は、道路から山道が枝分かれしていますが、江戸時代に使われていたルートは山道のほうです。中山道を走る旅では、古いルートを使います。

旧中山道ルート
旧中山道ルート

道中には「中山道」と書かれた道案内があるので、迷うことはありません。特に今回のルートは案内がわかりやすくて地図を使わずに済みました。

瓜生坂

人気のない道を進んでいくと「瓜生坂の一里塚」を発見。

瓜生坂の一里塚
瓜生坂の一里塚

一里塚とは、日本橋から一里(3.927km)ごとに設置された塚のことです。

1604年、徳川家康は大久保長安を総奉行として五街道の大改修をし、江戸日本橋を起点として一里(約四キロ)ごとに道の両側に方五間の一里塚を築き、その上に榎を植えさせた。ーー現地案内板より

中山道には所どころにこうした一里塚が今でも残っています。

一里塚の先には、転がり落ちそうなほど傾斜のきつい「瓜生坂」がありました。瓜生坂を下って橋を渡ると、次の宿場町「望月宿」に入ります。

瓜生坂
瓜生坂

中山道25番目の宿場町「望月」

八幡宿から3.5km、中山道25番目の宿場町である望月宿に到着しました。

8月の満月の日に朝廷へ名馬を納めたため望月の名が生まれ、中世には謡曲『望月』で知られた。ーー『中山道69次を歩く』より引用

こちらが望月宿の中心部。のどかですね。

中山道望月宿
中山道望月宿

ひと際目立つ建物が、こちらの「井出野屋旅館」。なんと、あの映画『犬神家の一族』のロケ地として使われたことがあるそうです。

井出野屋旅館
井出野屋旅館

当旅館は犬神家の一族の映画で那須ホテルとして使用された旅館です。ーー現地案内板より

他にも「望月歴史民俗資料館」など面白そうなスポットがありましたが、立ち寄る時間がないので今回はスルー。

でも、望月宿の一角にある「大伴神社」の前で、思わず立ち止まってしまいました。古びた鳥居と色鮮やかな紅葉のコントラストに感動。

大伴神社
大伴神社

望月宿を後にして、しばらく田舎道を走り続けます。

中山道
中山道

茂田井間の宿

次の芦田宿へ向かう途中、「茂田井間の宿」に差し掛かりました。ご丁寧に無料の案内図までありました。

茂田井間の宿
茂田井間の宿

間の宿(あいのしゅく)とは、宿場町の間に設けられた休憩施設のこと。宿場町に格上げしてもらうため望月宿との合弁を試みるも、江戸幕府に却下されるという悲しい過去があります。

寛保二年の大洪水で望月新町が道ごと流されたり、本町も大きな被害を受けたため、茂田井村を望月宿の加宿にしようと江戸幕府に願い出たが却下された経緯がある。ーー現地案内板より

しかし街並みは、先ほどの望月宿よりも宿場町らしい。

茂田井間の宿
茂田井間の宿
茂田井間の宿
茂田井間の宿
茂田井間の宿
茂田井間の宿

茂田井間の宿を通り過ぎれば、もうすぐ芦田宿に到着です。

芦田宿へ
芦田宿へ

中山道26番目の宿場町「芦田」

望月宿から4.8km、中山道26番目の宿場町である芦田宿に到着しました。

芦田宿から笠取峠までの間に小諸藩が赤松を植えて保護した。今も中山道随一の松並木として残る。ーー『中山道69次を歩く』より引用

中山道芦田宿
中山道芦田宿

ふるさと交流館 芦田宿

芦田宿でひと際目立つのが「ふるさと交流館 芦田宿」。簡易休憩所と資料館を兼ねています。入館料は無料。

ふるさと交流館 芦田宿
ふるさと交流館 芦田宿

主に中山道の歴史と芦田宿の発展について学ぶことができます。

ふるさと交流館 芦田宿
ふるさと交流館 芦田宿

江戸時代の面影を残す建物はほとんど残っていません。宿場町らしくない宿場町でした。

中山道芦田宿
中山道芦田宿

他に見どころがなかったので、宿場町の一角にある「正明寺」に立ち寄りました。大木の紅葉のグラデーションに感動。

正明寺
正明寺

笠取峠の松並木

芦田宿を出ると、緩やかな上り坂が続きます。ここから先が、今回の旅ランの見どころの「笠取峠」です。

常夜灯
常夜灯

笠取峠には約100本の赤松が植栽されており、峠を行き来する旅人たちを楽しませてくれます。

1602年、幕府は中山道の整備に着手、この松並木はその一環として同年幕府から小諸藩に赤松数百本が下付されたものを植栽したものである。(…)1924年、長野県による調査と保護が加えられ、1974年に長野県天然記念物に指定された。現在も百本余の老松が往時を今に伝える。ーー現地案内板より

笠取峠の松並木
笠取峠の松並木
笠取峠の松並木
笠取峠の松並木
笠取峠の松並木
笠取峠の松並木

松並木を通り過ぎると、国道142号をひたすら上り続けます。

国道142号
国道142号

坂の途中で歩いている初老の男性に声をかけられました。聞けばこの方は中山道を歩いて旅しているとのこと。1日に歩く距離は約20km。今日は次の宿場町の長久保宿まで行かれるそうです。

笠取峠の頂上では「峠乃茶屋」が出迎えてくれます。しかしまだ午前10時で準備中でした。

峠乃茶屋
峠乃茶屋

峠を越えたら、あとはひたすら坂道を下るだけ。

途中、国道142号から山道に入ります。あまりにもワイルドな道だったので、進むべきか迷いました。

中山道の山道
中山道の山道

でも自分の直感を信じて、山道を進んでいきました。

しばらく田舎道を走り続けます。

長久保宿へ
長久保宿へ

松尾神社が見えたら、もうすぐ長久保宿です。

松尾神社
松尾神社

中山道27番目の宿場町「長久保」

芦田宿から5.7km、中山道27番目の宿場町である長久保宿に到着しました。

堅町と横町が直角に接するL字型の宿。交通の要所で、旅籠屋の数は信州の中山道で二番目。ーー『中山道69次を歩く』より引用

こちらは「一福処濱屋」。長久保宿歴史資料館として、長久保宿に関する資料が展示されています。

中山道長久保宿
中山道長久保宿

一福処濱屋の中の様子。

一福処濱屋
一福処濱屋
一福処濱屋
一福処濱屋

長久保宿旧本陣

こちらは長久保宿の本陣として使われていた石合家の住宅。町文化財に指定されていますが、個人宅のため一般公開は行なっていません。

長久保宿旧本陣
長久保宿旧本陣

旧本陣のすぐ近くには「高札場」。今でいう公共掲示板ですね。

中山道長久保宿 高札場
中山道長久保宿 高札場

L字型の宿場町

通常、宿場町では一直線の街道沿いに建物が軒を連ねていますが、長久保では二つの直線が交差する L字型で宿場町が形成されています。

中山道長久保宿周辺
中山道長久保宿周辺

長久保宿を後にすると、のどかな田園風景が広がります。周囲の山々も色づいていますね。

中山道長久保宿周辺
中山道長久保宿周辺

しばらく国道沿いを走ります。

中山道長久保宿周辺
中山道長久保宿周辺

途中、「中仙道」とデカデカと書かれた看板を目にしました。お料理屋さんですが、まだ準備中のようでした。

中仙道
中仙道

幹線道路から外れ、田舎道をひたすら進みます。

中山道の田舎道
中山道の田舎道

民宿「みや」の看板。「この先下諏訪宿まで宿が在りません。中山道送迎致します」と書かれていました。

民宿「みや」
民宿「みや」

ここから下諏訪宿まで約30km。しかも途中に中山道有数の難所「和田峠」があります。1日で下諏訪まで行くのが難しい場合は、このような送迎付きの民宿を活用すると良いでしょう。

さっきから人気のない田舎道を走っていますが、一応、バスは通っているようです。バス停が可愛らしい。

バス停
バス停

もうすぐ和田宿に到着です!

和田宿へ
和田宿へ

中山道28番目の宿場町「和田」

長久保宿から7.9km、中山道28番目の宿場町である和田宿に到着しました。

下諏訪宿まで5里半、中山道最大の長丁場と難所和田峠を控える。和田の街道と宿は歴史の道(国史道)として整備。ーー『中山道69次を歩く』より引用

こちらの建物は「かわちや」という旅籠を再建したもの。現在は歴史の道資料館として、宿場町にまつわる資料を展示しています。

和田宿へ 「かわちや」
和田宿 「かわちや」

入口には飲み水の無料サービス!

和田宿 「かわちや」
和田宿 「かわちや」

水分補給用のハイドレーションパックにも給水させていただきました。これで安心して和田峠を越えられます。

ハイドレーションパックに給水
ハイドレーションパックに給水

和田宿本陣跡

和田宿には江戸時代の面影を残す建物が多く見られます。代表的なものは、こちらの「和田宿本陣跡」。先ほどの「かわちや」と同様に、中は歴史資料館として使われています。

和田宿本陣跡
和田宿本陣跡
和田宿本陣跡
和田宿本陣跡

ランチ休憩

ここまで約20kmの距離を走ってきました。8時過ぎに走り始めて、約3時間半が経過。疲れも溜まってきたので、和田宿でランチ休憩を取ることにします。

タイミングよく、ちょうど和田宿本陣跡の前にお蕎麦屋さんがあったので、吸い込まれるように店内に入りました。

三種食べ比べセットをいただきました。疲れた身体に、蕎麦つゆの塩っぱさが効きます。最後は蕎麦湯で薄めて飲み干しました!

ランチの後は休憩を取らずに、ゆっくりと走り始めます。ここから次の宿場町の「下諏訪」までは約21km。宿と宿の間隔としては、中山道で最も長い距離となっています。

和田宿を出発
和田宿を出発

しばらく自動車道を走り続けます。

和田宿へ
和田宿へ

途中から山道に入ります。

こちらは唐沢一里塚。江戸より51番目の一里塚なので、約200kmほど走ってきた計算になります。

唐沢一里塚
唐沢一里塚

和田峠

さて、ここから今回の旅ランの最大の難所となる「和田峠」に入ります。

和田峠の入口
和田峠の入口

これまでも山道を走ってきましたが、ここから傾斜がグッとキツくなります。ペースもガクンと落ちました。頑張って 7〜8分/kmが精一杯です。

和田峠の山道
和田峠の山道

場所によっては足場が悪いので、慎重に進んでいきます。

和田宿の岩場
和田宿の岩場

ちなみに今回の旅ランでは、ホカオネオネの「クリフトン5」を着用。トレランシューズではありませんが、ソールが分厚いので、足をガッチリ守ってくれます。クッション性が非常に高いので、長距離を走っても疲れないのが、「クリフトン5」を選んだ理由でもあります。

ホカオネオネの「クリフトン5」
ホカオネオネの「クリフトン5」

こちらは「広原一里塚」。江戸から52番目の一里塚です。先ほどの「唐沢一里塚」から4kmも進んだということですね。

広原一里塚
広原一里塚

途中、何度も「ビーナスライン」を横断します。ヘアピンカーブでクネクネしているビーナスラインを、中山道が串刺しにしているイメージです。

ビーナスライン
ビーナスライン

峠越え

最後の坂を上っていきます。足は大丈夫なのですが、心肺が付いていけず、200m毎に立ち止まってしまいました。

最後の坂
最後の坂

そして、中山道の最高地点「和田峠」の頂上に到達しました!

時間もあまりないので、記念撮影を終えてすぐに下山を始めます。目指すは「諏訪大社下社」。

和田峠を下山
和田峠を下山

練習やレースでは基本的に下り坂は苦手です。苦しくても上り坂の方が好き。でも、今回に限っては、下るほうが圧倒的に楽に感じます。

またまた一里塚を発見。「江戸より五十三里」と書かれています。

一里塚
一里塚

しばらく山道を下っていくと、一般道に出ました。ここでも緩やかな下り坂が続きます。

下り坂
下り坂

史跡 浪人塚

途中、水戸の浪人たちが祀られた史跡を通り過ぎました。

下り坂
下り坂

ここは浪人塚といい、1864年に、この一帯で水戸の浪士武田耕雲斎たち千余人と松本、諏訪の連合軍千余人が戦った古戦場でもある。ーー現地案内板より

ひたすら一般道を走ります。標高1000m。和田峠の頂上が1500mぐらいなので、500mも下りてきたのですね。どうりでさっきから耳の様子がおかしいわけだ…。あくびをすると治るやつです。

下り坂
下り坂

時折、一般道から脇道に入ります。なるべく昔の(旧)中山道に忠実に走りたいので、道案内に従います。

下り坂
下り坂

天下の木落し坂

「天下の木落し坂」とは、すごい名前ですね!

天下の木落し坂
天下の木落し坂

現地の案内板を読むと、その名のとおり、本当に大木をこの場所から崖下に落とすそうです。現地には、ダミーの大木が置いてありました。

諏訪大社では、七年に一度、神木を更新する行事があります。その神木を山奥から切り出す際に行われるが「山出し祭り」。七年に一度、5月に行われます。

曳航途中、木落とし坂と呼ぶこの急坂で、御柱を引き落とすのが下社山出し祭り最高の見せ場「木落し」です。男意気に駆られる若者たちが、群がりうちまたがった御柱を、100メートル余り・傾斜四十五度近い崖のようなこの木落し坂頂上から、一気に引き落とします。ーー現地案内板より

木落しの瞬間を収めた動画を見つけました。

諏訪湖が見えた!

今回の旅ランもそろそろ終わりに近づいてきました。ほんの少しだけですが、諏訪湖がチラリと見えました!ゴールは近い。

諏訪湖
諏訪湖

諏訪湖北部にある下諏訪の街並み。その奥には諏訪湖が広がっています。

下諏訪の街並み
下諏訪の街並み

諏訪大社春宮

下諏訪宿に入る前に「諏訪大社春宮」でお参りをしてきました。

諏訪大社春宮
諏訪大社春宮
諏訪大社春宮
諏訪大社春宮

こちらは諏訪大社春宮と共に人気の観光スポット「万治の石仏」。これには不思議な伝説が言い伝えられています。

万治の石仏
万治の石仏

伝説によると諏訪大社下社春宮に石の鳥居を造る時、この石を材料にしようとノミを入れたところ、傷口から血が流れ出したので、石工たちは恐れをなして仕事をやめた。ーー現地案内板より

その近くには「万治の石仏」と書かれた石碑が建っています。揮毫は、画家の岡本太郎氏。

万治の石仏
万治の石仏

中山道29番目の宿場町「下諏訪」

和田宿から21.6km、中山道29番目の宿場町である下諏訪宿に到着しました。

中山道で唯一温泉が湧く宿で、今も9つの外湯が利用できる。甲州街道終着の駅であり、諏訪大社の鳥居前町としても賑わった。ーー『中山道69次を歩く』より引用

下諏訪宿
下諏訪宿
下諏訪宿
下諏訪宿

下諏訪宿旧本陣で今回の旅は終了。

下諏訪宿旧本陣
下諏訪宿旧本陣

時計を見ると、もう16時を過ぎていました。朝の8時に走り始めたので、休憩を入れると8時間近くも走っていることになります。

スローペースとはいえ、さすがに40km走ると足がガクガクしてきます。

「諏訪大社秋宮」で無事に完走できた感謝を述べてきました。

諏訪大社秋宮
諏訪大社秋宮

あとは天然温泉にゆっくり浸かって疲れを癒します。

天然温泉
天然温泉

そして JR下諏訪駅から特急あずさ号に乗って、新宿経由で帰宅しました。17時半に出発して、埼玉の自宅には21時ごろ到着しました。

下諏訪駅
下諏訪駅

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