【ナカ旅】中山道鴻巣宿から「追分」の多い街道をゆく

読めば走りたくなるブログ「走りずむ」をお読みいただき有難うございます。管理人のtomo.@tomo3run)です。

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅を続けています。

中山道(なかせんどう)は、東京の日本橋から京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道。江戸時代の旅人や飛脚は、道中69ヶ所の「宿場」で休みながら、約550キロの道のりを移動していました。 

ナカ旅のルールは簡単。基本的には江戸の飛脚と同じで、道中の宿場をひとつずつクリアしながら旧中山道を自力で走って移動します。宿場は一度クリアすれば、電車で移動することも可能。主に休日を使って地道にクリアしていきます。

今回は、東京の日本橋から7番目の宿場である鴻巣(こうのす)宿を中心に、次の熊谷(くまがや)宿までの道中をレポートします。

コースの特徴

鴻巣から熊谷までの距離は15.7キロ。これまで宿間は長くて8キロぐらいだったので、かなりの距離ですね。。

大宮から走り続けてきた鴻巣・桶川・さいたま線(県道164号)も鴻巣でおしまい。鴻巣からは県道365号を走り、JR吹上駅あたりから荒川の土手道を抜けて熊谷を目指します。

道が二つに分かれることを、昔の人は「追分」と読んでいたそうですが、今回のルートは追分の多いルートでした。

道中レポート

鴻巣という地名は、恐らく埼玉県民か一部の群馬県民しか知らないんじゃないでしょうか。鴻巣は、埼玉県のど真ん中。ちょうど、東京と高崎の間ぐらいです。

埼玉の中心だからなのか、鴻巣には埼玉県警運転免許センターがあり、埼玉県民なら数年に一度はお世話になります。我が家も妻の免許更新のため、今年の5月に来たばかり。3月には「鴻巣パンジーマラソン」にも出場しました。今年は何かと鴻巣に縁があります。

午前9時半、JR高崎線の鴻巣駅に到着。駅前に出ると、世界ギネスブックにも登録された世界最大の四尺玉花火と煙火筒がお出迎え。これはインパクト大です。

鴻巣駅から歩いて5分で旧中山道の鴻巣宿に到着。今日はここからスタートします。標石を見ると「熊谷宿まで四里六町十六・四軒」と書いてあり、だいたい16キロぐらい。桶川宿からの一里三十町に比べると、えらい遠いですね。

鴻巣市のシンボル、コウノトリとツーショット。

旧中山道を走り始めて数分で鴻巣神社を発見。

道中の安全を祈願し、案内板を熟読。こくふのす(国府の洲)→ こうのす、が地名の由来なんですね。それにしても「こうのとり伝説」ってなんでしょう?

こうのとり伝説について → こうのとり伝説 | 鴻神社公式ホームページ

鴻巣宿~熊谷宿ルートは、国道や県道から脇道に逸れることが多く、うっかりすると旧中山道から外れてしまいます。それを気遣ってか、このような標石が、道を間違えそうなポイントにたっています。

この辺りは「追分」という地名なんですが、そもそも「追分」って、道が二つに分かれる場所という意味なんですね。初めて知りました。それにしても、今回のルートが追分が多いですね。。

ちなみに、江戸時代はこんな感じでした。

ひたすら旧中山道を走り続けます。すると電柱に、白いガムテープにマジックで書かれた「中山道」の文字が。。。このチープな感じにグッときました。

途中、古ぼけた白い木を発見。一応これ、前砂一里塚跡らしいですが、文字が擦れていて「跡」の文字しか読み取れませんでした。

またまた追分。もうすぐ、JR吹上駅です。

県道365号をまっしぐら。いやー、結構気温が上がってきましたよ。

吹上駅を通り過ぎると、今度は左の小道に入ります。この標石、ほんと助かります。

こちらは吹上神社です。鳥居の位置関係がビミョーですね。

吹上神社の先で、JR高崎線の線路とナナメにぶつかります。ここは陸橋を渡って、斜め左へ。

ちなみに江戸時代はこんな感じ。このあたりには、吹上宿と呼ばれる間の宿がありました。鴻巣宿から熊谷宿までの距離があまりにも長いので、途中に設けられた「非公式」の宿場町です。

久々に高崎線と遭遇しました。

榎戸村というところで一休みしました。もともと江戸時代に元荒川をせきとめるために造られたそうです。

しばらく閑静な住宅街を走り続けると、荒川の土手にたどり着きました。

土手の手前には物言い地蔵と呼ばれるお地蔵さまがいました。その昔、強盗の殺害現場を目撃したお地蔵さまが「吾は言わぬが汝言うな」と口をきいたそうな。

荒川の土手に上って、一本道をひたすら走り続けます。ところが、あとで知ったのですが、旧中山道はこの土手ではなく、ひとつ下の道路でした。。。まあでも、走っていて気持ち良いところでしたよ。

途中、決壊の碑の横を通りかかりました。荒川の黒歴史のモニュメントです。

荒川は、その名のとおり、古来から「荒れる川」として知られ、たびたび洪水により周辺住民を苦しめてきました。まだまだ万全ではなく、堤防や護岸などの整備が進められています。

荒川土手から旧中山道に戻り、熊谷を目指して走り続けます。途中、住宅街のど真ん中に東竹院の看板を発見。開創1191年と書いてあるので、江戸時代の旅人たちは、このお寺の横を通ったはず。これは一見の価値あり。

東竹院の中へと入ります。庭園の管理が隅々まで行き届いている、美しいお寺でした。お地蔵さまも、きれいに着飾っています。

もう間もなく熊谷、という時に「八丁の一里塚跡」に差し掛かりました。一里塚はなく、小さな公園になっていました。

鴻巣〜熊谷の「気になるスポット」

最後に、ぼくが鴻巣〜熊谷の区間を走っていて、え!?何これ!?と感じた「気になるスポット」を紹介します。それがこちらの一枚。

鴻巣から吹上へ向かう途中に、ちょっと変わった用水路に差し掛かりました。なぜかこのように2つに分かれています。

あとで調べたら、用水路ではなく、武蔵水路と呼ばれる一級河川でした。しかも、利根川から荒川に導くための導水路で、東京・中西部地域への水供給に欠かせない存在とのこと。

ちなみに、水路が2つに分かれているのは、通水を続けながらメンテナンスするためだそうです。メンテナンスで水を止めてしまうと、首都圏の治水機能が麻痺してしまいますからね。一方が修理中でも、もう一方で水を通せます。

まとめ

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅。今回は日本橋から7番目の宿場があった鴻巣宿から、次の熊谷宿までの道中の様子を紹介しました。途中、荒川の土手沿いを走る変化に富んだコースでした。

B!

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