【ナカ旅】川幅1メートルの「板鼻川」が一級河川である理由

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅を続けています。

中山道(なかせんどう)は、東京の日本橋から京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道。江戸時代の旅人や飛脚は、道中69ヶ所の「宿場」で休みながら、約550キロの道のりを移動していました。 

ナカ旅のルールは簡単。基本的には江戸の飛脚と同じで、道中の宿場をひとつずつクリアしながら旧中山道を自力で走って移動します。宿場は一度クリアすれば、電車で移動することも可能。主に休日を使って地道にクリアしていきます。

今回は、東京の日本橋から14番目の宿場である板鼻(いたはな)宿を中心に、次の安中(あんなか)宿までの道中をレポートします。

コースの特徴

板鼻宿から安中宿までは3.3キロ。国道18号から脇道に入り、板鼻川、碓氷川を渡って住宅街を抜けるルートを走ります。距離が短いのであっという間に走りすぎてしまいました。

昔は橋がなかったため、碓氷川を渡るのもひと苦労だったようですね。また、橋がなかったからこそ宿場が栄えていたそうです。

板鼻宿は碓氷川の渡しを控え、そして堅苦しい城下町の高崎宿を避けた旅人で大いに賑わい、上州七宿では最高規模の宿場であった、幕末には天領として幕府直轄地となった。天保十四年(1843)の中山道宿村大概帳によれば、板鼻宿の宿内家数は三百十二軒、うち本陣一、脇本陣一、旅籠五十四軒で宿内人口は千四百二十二人、宿長は東西十町三十間(1.15キロ)であった。ーー『ちゃんと歩ける中山道六十九次』より

道中レポート

踏切を横断するのは久しぶりですね。日本橋〜板橋宿の途中で荒川都電と埼京線の踏切を横断して以来かな。こちらは高崎駅と横川駅を結ぶJR信越本線です。

踏切を渡りると板鼻宿に入ります。といっても、江戸時代の面影はありません。右の「板鼻館」と書かれた建物は、旧旅籠跡で今は四代続くカツ丼の老舗。「すり鉢タルタルカツ丼」が有名だそうです。

板鼻公民館の前に「板鼻宿本陣跡」の標識を発見。江戸時代はこの辺りが板鼻宿の中心でした。

その隣には「中山道板鼻宿」の標石がドーンと置いてありました。

鷹巣神社の入口でひと休み。

神社の横を流れる「板鼻川」を渡ります。

えっ?!?これが一級河川?と思わず叫んでしまいました。一級河川って、荒川とか利根川とか大きな川だと思っていましたが、こんな小川がどうして一級河川???

その謎を解くべく国土交通省のホームページを見ると、次のような解説がありました。 

河川は上流部から小さな河川が合流し、この合流を繰り返しながら徐々に海へ向かうにしたがい、大きな河川となっていきます。これら一群の河川を合わせた単位を「水系」と呼んでいます。1965年に施行された河川法によって、国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定されたものを「一級水系」と呼んでいます。一級水系に係る河川のうち河川法による管理を行う必要があり、国土交通大臣が指定(区間を限定)した河川が「一級河川」です。「二級河川」は、一級水系以外の水系で公共の利害に重要な関係があるものに係る河川で、河川法による管理を行う必要があり、都道府県知事が指定(区間を限定)した河川です。

つまり、一級河川とは川幅や流域面積で決まるものではなく、一級水系に係る河川で国土交通大臣が指定すれば一級河川となります。板鼻川は最終的に一級水系の利根川と合流するため、利根川水系の一級河川というわけです。

板鼻川のすぐ近くを流れる「碓氷川」も一級河川です。こちらも利根川水系ですね。

碓氷川を渡ると、住宅街を抜けて安中宿を目指します。今回は走行距離が3キロちょっとなので、あっという間に走り終えてしまいました。

板鼻宿〜安中宿の「気になるスポット」

最後に、ぼくが板鼻宿〜安中宿の区間を走っていて、え!?何これ!?と感じた「気になるスポット」を紹介します。それがこちらの一枚。

安中宿に向かう途中で見かけた廃屋です。高崎を越えてから、中山道の道中にこうした廃屋をよく見かけます。

まとめ

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅。今回は日本橋から14番目の宿場があった板鼻宿から、次の安中宿までの道中の様子を紹介しました。

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