【ナカ旅】日本マラソン発祥の地、中山道安中宿から碓氷峠を目指す

ナカ旅

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅を続けています。

中山道(なかせんどう)は、東京の日本橋から京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道。江戸時代の旅人や飛脚は、道中69ヶ所の「宿場」で休みながら、約550キロの道のりを移動していました。 

ナカ旅のルールは簡単。基本的には江戸の飛脚と同じで、道中の宿場をひとつずつクリアしながら旧中山道を自力で走って移動します。宿場は一度クリアすれば、電車で移動することも可能。主に休日を使って地道にクリアしていきます。

今回は、東京の日本橋から15番目の宿場である安中(あんなか)宿を中心に、次の松井田(まついだ)宿までの道中をレポートします。

コースの特徴

安中宿から松井田宿までは9.8キロ。国道18号を通って碓氷川を渡り、県道125号(一本木平古井戸安中線)、県道48号(下仁田安中倉渕線)、県道216号(長久保郷原線)、県道33号(渋川松井田線)を通るルートです。

戦国時代この地は碓氷川と九十九川に挟まれた要害の地であった為、武田と北条の争奪の地であった。永禄二年(1559)越後の安中忠政が安中城を築き、元和元年(1615)井伊直政の子直勝が町並みを整備し安中城が出来上がった。安中宿は安中藩三万石の城下町であったが宿場経営が困窮し、飯盛りの設置を再三願出るも幕末まで許されなかった。ーー『ちゃんと歩ける中山道六十九次』より

道中レポート

午前7前に自宅(北浦和)を出発し、大宮〜高崎間をJR北陸新幹線で、高崎〜安中間をJR信越線で移動します。所要時間は待ち時間を含めて約1時間半。午前8時半には、走る準備を整えて安中駅を出発していました。やっぱり新幹線は早くて便利ですね。

安中市には日本を代表する非鉄金属メーカー「東邦亜鉛株式会社」の安中精錬所があります。精錬所は山の斜面を這うように建てられているので、遠くからでも目立ちます。安中駅のホームからもよく見えますよ。

以下は東邦亜鉛株式会社の公式サイトに掲載されている動画。亜鉛の精錬工程をわかりやすく解説しています。参考までに。


JR安中駅から国道18号を走って碓氷川を渡ります。国道18号は片側二車線の幹線道路なので自動車が多いですね。ずっと国道18号沿いを走っていたら肺を悪くしそう。。。幸い、旧中山道は国道18号と並行する脇道なので、車通りも少なく、安心して走れます。碓氷川を渡った先で左折し、県道125号に入ります。

安中宿には江戸〜明治時代の面影を残す観光名所がたくさんあります。まずは、旧中山道から100メートルほど坂を上ったところにある旧碓氷郡役所に立ち寄りました。この地はもともと安中藩の管轄でしたが、廃藩置県とともに碓氷郡となります。

以下は現地の案内板より。

明治11年(1878)7月22日、に郡区町村編成法が公布され、自治体としての町村が復活するとともに、郡も地理的名称から行政区となり、郡長が置かれることとなった。群馬県では17の郡が設置され、同年12月7日には11の郡役所が開設された。

旧中山道をさらに進むと、安中藩武家長屋がありました。

江戸時代、藩士が暮らしていた長屋を修理復元したものです。

この武家長屋は、安中藩では一般的な規模のもので、居住していた藩士も中位の身分の者たちでした。現存していたのは三軒分でしたが、古図面や建物に残された痕跡を元に、取り壊されていた東端の一軒分を新築し、建築当初の四軒長屋として修理復元し、平成四年から一般公開しています。

ところで安中宿を走っていると、至るところで「日本マラソン発祥 安政遠足」と書かれたのぼりを目にしました。

「あんせいえんそく」かと思ったら、「あんせいとおあし」と読むんですね。。。知らなかった。

安政遠足(あんせいとおあし)とは、1855年(安政2年)、安中藩主板倉勝明が藩士の鍛錬のため、藩士96人に安中城門から碓氷峠の熊野権現神社まで走らせた徒歩競走。(…)安政遠足は、日本におけるマラソンの発祥といわれ、安中城址には「安中藩安政遠足の碑」と「日本マラソン発祥の地」の石碑が建てられている。(ウィキペディアより)

安政城門から碓氷峠の熊野権現神社まで!?それって、ぼくが今走ろうとしているルートです。なんだか面白くなってきました!

最後に新島襄旧邸に寄り道しました。新島襄は安中藩士の子として江戸に生まれ、21歳で渡米してキリスト教ととなります。帰国後は父母の住む安中に戻り、ここを拠点にキリスト教を伝導しました。

県道48号をひたすら走り続けます。旧街道沿いには、これでもか!というほ「安政遠足」ののぼりが立っています。ルートマップを確認しなくて済むので助かります。

しばらく走り続けると、安中原市の杉並木に差し掛かりました。見事な杉の大木が旧中山道沿いに立っています。江戸時代には700本を超す杉の木がズラッと並んでいたそうですが、ほとんどが枯死してしまい現在はわずか14本しか残っていません。

松井田まであと5.4キロ。まだまだですね。。

ゆるやかな上り坂が続きます。後で安中宿〜松井田宿の走行データを確認したら、獲得高度が130メートルもありました。こういう長くてゆるやかな坂って結構疲れるんですよね。。

国道18号と合流する交差点で「安政遠足」と書かれた看板を発見。ここから脇道に入り、急な下り坂を進んでいきます。坂を下るのはいいのですが、、これってまた上るハメになるパターンでは。。

坂の下にはのどかな田園風景が広がります。農家の方が田植え作業を行っていました。

おっと。。「まむし出没注意」の看板発見。結局、急な坂を上って再び県道に戻りました。

間もなく松井田宿です。進行方向左手には「妙義山」が姿を現しました。

安中宿〜松井田宿の「気になるスポット」

最後に、ぼくが安中宿〜松井田宿の区間を走っていて、え!?何これ!?と感じた「気になるスポット」を紹介します。それがこちらの一枚。

昭和3年(1928)創業の「女神インキ工業」さんの群馬工場です。「女神」と「インキ」の組み合わせは思いつきませんでした。

まとめ

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅。今回は日本橋から15番目の宿場があった安中宿から、次の松井田宿までの道中の様子を紹介しました。

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