【ナカ旅】横川駅で名物駅弁「峠の釜飯」とポカリを買ってランチ休憩

ナカ旅

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅を続けています。

中山道(なかせんどう)は、東京の日本橋から京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道。江戸時代の旅人や飛脚は、道中69ヶ所の「宿場」で休みながら、約550キロの道のりを移動していました。 

ナカ旅のルールは簡単。基本的には江戸の飛脚と同じで、道中の宿場をひとつずつクリアしながら旧中山道を自力で走って移動します。宿場は一度クリアすれば、電車で移動することも可能。主に休日を使って地道にクリアしていきます。

今回は、東京の日本橋から16番目の宿場である松井田(まついだ)宿を中心に、次の坂本(さかもと)宿までの道中をレポートします。

コースの特徴

松井田宿から坂本宿までは8.9キロ。信越本線と国道18号線を縫うように県道33号(渋川松井田線)と県道92号を走るルートです。

松井田宿には信州諸藩の年貢米が集積され、江戸廻米の中継地になっていた。廻米の約半分は松井田宿の宿米(米商人)に払い米(換金)され、残りの米は倉賀野河岸に運送され、舟運で江戸に廻送された。これら諸藩の廻米の取扱い高は多額であり、松井田宿は「米宿」と呼ばれ大いに賑わった。ーー『ちゃんと歩ける中山道六十九次』より

道中レポート

安中宿から10キロにおよぶ長いゆるやかな坂をのぼり、ようやく松井田宿にたどり着きました。旧中山道沿いの「松井田商店街」を走り抜けます。

安中宿とは異なり、江戸時代の面影や史跡はほとんど見かけませんでした。唯一目を引いたが「安中市松井田商工会」の建物。帝冠様式の格調ある佇まいが印象にに残りました。

商店街から住宅街に変わりました。ゆるやかな上り坂が続いています。

しばらく走ると県道33号から脇道に入ります。ここでも「安政遠足」の案内板があるので迷わずに済みます。

そういえば板鼻宿あたりから旧中山道沿いに「道祖神」と書かれた石碑をよく目にします。こちらにも立派な石碑がありました。わかりやすく言うと、交通安全のお守りですね。

道祖神(どうそじん、どうそしん)は、路傍の神である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。(ウィキペディアより)

JR信越本線の踏切を渡ります。踏切にはそれぞれ名前が付いていて、こちらは「第十中仙道踏切」です。

おっと、交通規制の案内です。「交通規制 5月14日 安政遠足マラソン」。安中宿から「安政遠足」の看板やのぼりを目印に走ってきましたが、なんと「安政遠足マラソン」のコース案内だったのですね。

安政遠足マラソン」は、毎年5月に、ここ日本マラソン発祥の地で開催されるマラソン大会です。安中城址(武家長屋)から碓氷峠の熊野神社までの28.97キロを走る「峠コース」と、安中城址から坂本宿までの20.15キロを走る「関所・坂本宿コース」があります。

しばらく田舎道を走り続けると「五料の茶屋本陣・お西」と書かれた看板を目にしました。旧中山道から歩いて100メートルほどのところに入り口がありました。

こちらは五料の茶屋本陣・お西の建物。群馬県指定史跡でもあります。通常は有料ですが、受付に無料でお入り下さいと書いてありました。建物の中は歴史資料館となっており、5月人形や古地図、高札などが展示されていました。

江戸時代、五料の茶屋本陣・お西は旅人たちの休憩所だったそうです。

五料の茶屋本陣・お西は、江戸時代の名主屋敷であるとともに茶屋本陣でもありました。茶屋本陣は、中山道を参勤交代などで行き来する大名や公家などの休憩所としておかれたものです。

中庭にはポットが置いてあり、「麦茶です ご自由にどうぞ」と書かれていました。ちゃんと紙コップもありました。時代は変わっても、今もなお「休憩所」として機能しているのですね。

その時、踏切の音が聞こえてきました。五料の茶屋本陣・お西の外に出ると、すぐ横を信越本線の車両が通過していきました。車両のデザインは緑とオレンジが基調のカラーです。高崎線や宇都宮線と同じですね。

再び線路を渡り、信越本線の終点横川駅を目指します。

横川駅の手前で「シュシュー」という爆音が聞こえてきました。驚いて駅のホームを見ると、ちょうどSL蒸気機関車が入ってきました。

横川駅に到着しました!ちょうど昼時なので、横川駅でランチ休憩をとることにしました。横川駅といえば、日本最古の駅弁「峠の釜飯」が有名です。先日も高崎駅で買って食べました。

関連記事:日本最古の駅弁「峠の釜飯」を食べた後に、空釜をどうするか悩んだ話

横川駅の目の前に「峠の釜飯」を製造・販売する「おぎのや」の本店がありました。せっかくなので本店の中で食べようかと思ったのですが、SL客で混雑していたのと、汗ビショビショの格好で中へ入るのは気が引けたので、駅前の売店で釜飯を買いました。

売店の横にあるテントで「峠の釜飯」とポカリスエットをいただきます。

駅前には登山電車の車輪が飾られていました。以下は現地案内板より。

全国JR路線のなかで最大の難所と言われた信越本線横川〜軽井沢間のシェルパとして平成9年9月30日まで活躍した「EF63-3号」機関車の車輪です。

10分ほどで「峠の釜飯」を完食しました。前回同様、大変美味しくいただきました。本当はお腹が落ち着くまでしばらく休憩したほうが良いのですが、時間が勿体なので、ゆっくりと走り始めました。

しばらく走り続けると、古ぼけた木造門の周りに人だかりを発見。ここにはかつて「入鉄砲に出女」を取り締まるため、古くから「碓氷関所」が設けられていました。江戸時代の門は明治維新とともに取り壊されてしまいましたが、昭和34年に東大教授の藤島亥治郎博士によって復元されました。

碓氷関所を後にして、急勾配の薬師坂を上って坂本宿を目指します。

松井田宿〜坂本宿の「気になるスポット」

最後に、ぼくが松井田宿〜坂本宿の区間を走っていて、え!?何これ!?と感じた「気になるスポット」を紹介します。それがこちらの一枚。

こちらは五料の茶屋本陣・お西の近くで見つけた「空釜石」というものです。巨石の上に小さな石が置いてありました。以下は案内板より。

この奇石はもと旧中山道九山坂の上にあったものです。たまたまここを通った()山人はこの石をたたいて珍しい音色に早速次の狂歌を作ったといいます。「五料(五両)ではあんまり高い(位置が高い)茶釜石 音打ち(値うち)をきいて通る旅人と」。この石はたたくと空の茶釜のような音がするのでその名がある。

実際に叩いてみると、「コーン」と中で響くような音が出ました。

まとめ

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅。今回は日本橋から16番目の宿場があった松井田宿から、次の坂本宿までの道中の様子を紹介しました。

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