【ナカ旅】中山道の寂れた宿場町から世界有数のリゾート地「KARUIZAWA」へ

読めば走りたくなるブログ「走りずむ」をお読みいただき有難うございます。管理人のtomo.@tomo3run)です。

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅を続けています。

中山道(なかせんどう)は、東京の日本橋から京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道。江戸時代の旅人や飛脚は、道中69ヶ所の「宿場」で休みながら、約550キロの道のりを移動していました。 

ナカ旅のルールは簡単。基本的には江戸の飛脚と同じで、道中の宿場をひとつずつクリアしながら旧中山道を自力で走って移動します。宿場は一度クリアすれば、電車で移動することも可能。主に休日を使って地道にクリアしていきます。

今回は、東京の日本橋から18番目の宿場である軽井沢(かるいざわ)宿を中心に、次の沓掛(くつかけ)宿までの道中をレポートします。

コースの特徴

軽井沢から沓掛宿までは3.9キロ。過去3回(安中〜松井田〜坂本〜軽井沢)は宿間の距離が10キロ前後だったので、4キロはかなり楽勝に感じました。

碓氷峠の熊野神社から旧軽井沢エリアまでは県道133号(御巡幸道)を走り、「離山通り」と国道18号を通って沓掛宿を目指します。

軽井沢宿は難所碓氷峠を控え大いに賑わった。天明七年(1787)浅間山の大噴火による降灰は四尺余りに及び宿は壊滅的な被害を蒙っている。ーー『ちゃんと歩ける中山道六十九次』より

道中レポート

熊野神社で安全祈願の参拝をしたあとは、県道133号をひたすら下って軽井沢を目指します。途中、「国道18号・軽井沢方面」と分岐するので、左折せずに「旧軽井沢」方面へ進みます。

旧軽井沢エリアと熊野神社を結ぶ、通称「赤バス」に追い抜かれてしまいました(笑)。

しばらく走り続けると、周りに別荘がちらほら見えてきました。別荘地へ続く道は私道になるので、基本的に所有者以外の立ち入りは禁止されています。

旧軽井沢エリアの端にたどり着くと「軽井沢ショー記念礼拝堂」の銅像がお出迎え。こちらは聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーの胸像です。明治初期、さびれた宿場町だった軽井沢の魅力をいち早く見抜き、日本有数のリゾート地としての礎を築きました。

明治18年軽井沢町をはじめて訪れ、翌明治19年に家族を伴って軽井沢町に家を借りて夏を過ごしたアレキサンダー・クロフト・ショー師は、この地を『屋根のない病院』と呼び絶賛しました。そして、自ら明治21年、軽井沢で最初の別荘を建てました。この別荘が『軽井沢の別荘』を生み出すもととなりました。(引用元

ショー記念礼拝堂の斜向いには、「芭蕉句碑」がドーンと立っていました。さすが観光地だけあって、案内板には英語・中国語・韓国語の三ヶ国語の対訳付きでした。

馬をさへ なかむる雪の あしたかな

こちらは「軽井沢銀座」と呼ばれる、軽井沢で人気のショッピングストリートです。ナカ旅に出かけたのはGW中だったので、ものすごい人だかりでした。美味しい牛乳やソーセージが手に入るのですが、、時間が無いので今回はスルーします。それにしても人混みをかき分けて走るのは難しい。。

まもなく「六本辻」と呼ばれるロータリーです。軽井沢駅、国道18号、中軽井沢駅、雲場池などにつながる6つの道路が交差します。昔はこのあたりが軽井沢宿の中心でした。

六本辻から片道一車線の「離山通り」を走ります。軽井沢東部小学校、軽井沢高校を通り過ぎると国道18号に合流します。軽井沢中学校前で国道18号と線路を渡ります。ちょうど、しなの鉄道の車両が目の前を通り過ぎていきました。

しなの鉄道中軽井沢駅に到着!かつての沓掛宿はちょうど駅北口付近あたりです。次回はここから出発します。

軽井沢宿〜沓掛宿の「気になるスポット」

最後に、ぼくが軽井沢宿〜沓掛宿の区間を走っていて、え!?何これ!?と感じた「気になるスポット」を紹介します。それがこちらの一枚。

先ほど通った「六本辻」のロータリーです。日本では珍しく、信号のないラウンドアバウト(環状交差点)です。しばらく立ち止まり、車の流れを眺めていました。

まとめ

東京から京都まで「中山道」を走って旅する企画、ナカ旅。今回は日本橋から18番目の宿場があった軽井沢宿から、次の沓掛宿までの道中の様子を紹介しました。

B!

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