どうも!マラソンブロガーのtomo.です。

80年代に日本マラソン界をリードした中山竹通さんの自叙伝『「我が道」中山竹通 』を読みました。貪欲なまでに「勝つこと」にこだわるメンタリティーや、当時としては珍しい「イメージトレーニング」の実践は参考になります。

「我が道」中山竹通 (スポーツニッポン新聞社)について紹介します。

早わかりQ&A

1)本書を読むべき理由

マラソンのトップ選手がどのようなトレーニングを行い、どのようなメンタリティで勝負に挑むのか?を垣間見ることができます。特に「勝つこと」へのこだわりについては学べることが多い。

2)著者はどんな人?

中山竹道さんは、瀬古和彦さんと共に80年代の日本のマラソン界をリードした人。高校卒業後→無職→大工→駅員→富士通→ダイエー、ランナーとして異色の経歴を持つ。25歳でマラソン日本記録、27歳で1万m日本記録を樹立。

3)一番印象に残っているところは?

ソウル五輪(1988年)のマラソン男子代表選考レースのくだり。1987年の《福岡国際マラソン》が一発選考となるはずだったが、スーパースターの瀬古さんが故障で欠場となる。その瀬古さんのためだけに、日本陸連が急きょ選考のルールを変更。

勝ち負けがわかりやすいマラソンの世界でも、五輪の代表選考はフェアではなかった点が興味深い。

陰と陽、中山と瀬古

中山さんは、本音をズバッとものを言うタイプ。本書はそんな中山さんのキャラが立っていて、読み物としても楽しめました。

瀬古さんに対してはライバル意識はあったものの、決して嫌っていたわけではない。ただし、瀬古さんの「アンチテーゼ」を演じることは徹底していたようです。

物事は2人いたら逆をつくっていかないと絵にならない。陰と陽、善と悪。それと同じことです。そうすればマラソンがもっと面白くなる。私はそれを目指したんです。申し訳ないけど、宗さんたちじゃ瀬古さんには勝てないから。瀬古さんの対極になるのは私しかいなかった。全く正反対の私が、しかもどんどん瀬古さんの記録を抜いていく。

結局、スポーツは勝たなきゃダメ

中山さんの文章を読んでいて感心するのは「プロランナー」としての意識。「いかに勝つか」ということしか考えていない人なんですね。勝つためなら走法をガラリと変えるし、月に1000km以上走ったりもする。

いかに勝つスポーツをするか。いかに軽く走るか。相手に物凄くプレッシャーをかけて勝たなくちゃいけない。横に並んだ時に、何だこいつ、何でこんなに楽に走ってるんだと思わせないと。そのためにはまずスピードをつけること。揺さぶりや変化走に対応できるだけのスピードをつけることが必要だったんです。

中山さんが見つけた勝利の方程式は「スピード」を身につけることでした。スピードがなければ駆け引きもできないですからね。とても勉強になります。

勝つためのイメトレ

中山さんは23歳の時に《福岡国際マラソン》でマラソンデビューし、翌年に初優勝を飾っています。

そのために毎日50km走ったり、無茶苦茶な練習を重ねる一方で、イメージトレーニングにも力を入れていました。さらにはイメージどおりの自分になるべく、フォームを改善するほどの徹底ぶり。

その頃にはいずれ福岡国際でマラソンデビューを飾るイメージができていたので、テレビに映った時のために美しい腕の振り方を研究し、毎日会社で1kgの鉄アロイを振って修正しました。腰が高くて颯爽とした理想的なフォームはこの時期に完成させたのです。

今でこそイメージトレーニングは一般に知られるようになりましたが、当時から自己流でイメトレを実践していた中山さんは、やはり一流のランナーですね。

最後にひと言

「我が道」中山竹通 (スポーツニッポン新聞社)