マラソン大会の「気温」と「完走率」の相関関係(NAHAマラソンの場合)

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日本一完走率が低いマラソン大会として知られるNAHAマラソン。公式ホームページには、過去数十年分の大会の天候、応募者数、出場者数(県内・外)、完走者、完走率が公開されています。

今回は、NAHAマラソンの過去データを使って、マラソン大会の気温と完走率の相関関係について調べてみました。当然ですが、暑いと完走率は下がりますよね。大会当日の気温が1℃上がると完走率はどれくらい下がるものなんでしょうか?

過去最低の完走率は52.3%

直近の2015年大会では、気温23.9℃、湿度86%、完走率68.7%。想像するだけでもつらそう。。。

ちなみに、過去最低の完走率を誇る1999年大会では、気温26℃、湿度60%、完走率52.3%。これはもう、完走する自信ないです。。

過去31年分のデータ

では早速、エクセルを使って、過去31年分の気温と完走率を散布図にプロットしてみましょう。回帰直線を見ると、大会当日の気温が1℃上がると完走率が1.6%下がるのがわかります。ただし、決定係数が19%とあまり説得力がないですね。

もう少し、過去31年分のデータの内容を見てみましょう。出場者数、完走者数、完走率に加え、出場者の県外率(出場者数全体に占める県外からの出場者の割合)をグラフにしてみました。

最初の3年間は完走率90%台をキープしています。初期の頃は大会の知名度もないので、今でいうエリートランナーしか参加しなかったと推測できます。

その後、参加者数が伸び続け、1994年にピークを迎えます(グラフ①)。この時点で、出場者の県外率は10%なので、沖縄県内での参加者が増えていることが伺えます。

1997年に出場者の県外率が11.4%から14.4%に急増しています(グラフ②)。これは、1997年に当時の橋本龍太郎政権が沖縄振興特別措置を導入し、東京~那覇間の航空運賃が軽減されたことが原因と考えられます。以来、出場者の県外率はグングン上がっていきます。

2007年から出場者数が再び急増し、2009年にピークを迎えます(グラフ③)。これは、2007年の第1回東京マラソンでマラソンブームに火が付き、県内外の出場者数の急増によるものです。 

過去19年分のデータ

出場者の県外率が本格的に上がっていく1997年から19年分に限定し、大会当日の気温と完走率を散布図にプロットし直しました。

回帰直線を見ると、大会当日の気温が1℃上がると完走率が1.7%下がるのがわかります。決定係数も46%と先ほどより改善しました。

以上、大会当日の気温と完走率の相関関係でした。それにしても、1999年大会の気温26℃、完走率52.3%は明らかに異常ですね。。。

2016年の完走率は?

(2016/12/17更新)

2016年12月4日に開催された「NAHAマラソン2016」では、気温が25.9℃完走率が53.2%でした。1999年大会と同じくらい過酷な天候だったことが数字から読み取れます。。

関連記事:気になるマラソンの完走率。国内過去最低の完走率は?

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