東京~京都530キロ「中山道」を走って旅しています

中山道

江戸五街道のひとつ、旧中山道を走って旅するプロジェクトを始めました。

自宅の目の前が旧中山道なんですが、西の終着点が京都だと知り「そうだ 京都、行こう!」と思いついたのがきっかけです。もちろん新幹線に乗らず、自力で走ります。2012年に東海道(日本橋~浜松)を走った時のように、1週間ぶっ通しで走り続ける時間も気力もないので、休みの日を利用してコツコツ走り続けるつもりです。

中山道とは?

中山道(なかせんどう)は、江戸の日本橋と京都の三条大橋を結ぶ街道です。太平洋沿岸を経由する東海道に対し、中山道は東京都・埼玉県・群馬県・長野県・岐阜県・滋賀県・京都府の内陸を経由するのが特徴です。

中山道は、江戸の日本橋から板橋宿、高崎宿、軽井沢宿、下諏訪宿、木曽路、関ヶ原を経て京都の三条大橋まで六十九次ある。距離は約530kmあるが、これは東海道よりも約40kmほど長く、宿場も16宿多い。宿場数が密に多かったのは、比較的険しい山道が多いうえ冬場は寒さも厳しい内陸の地域を通り、降雪時に通行が困難であったために、1日の歩行距離は短くなり限界があったからだと考えられている。東海道に比べ大回りをするルートに関わらず、渡し船が許されず川越人足であった大井川、安倍川や、険しい箱根峠など交通難所が多いうえ、江戸幕府による「入鉄砲出女」の取り締まりが厳しかった東海道を避けて、中山道を歩く通行人も多かったといわれており、旅費となる中山道筋の旅籠の宿代は、東海道よりも2割ほど安かったとされる。(ウィキペディア

つまり、江戸~京都を行き来する旅人にとって、中山道は東海道に比べて距離が1割弱長くなる分、費用を2割節約でき、移動に伴うリスクも軽減できたわけですね。

中山道六十九次

江戸時代、中山道には「中山道六十九次」と呼ばれる69もの宿場町がありました。現在の都道府県でいうと、東京、埼玉、群馬、長野、岐阜、滋賀、京都にまたがります。

江戸時代の面影を残す旧中山道

現在の中山道=江戸時代の中山道ではないです。例えば日本橋~高崎区間は、国道17号が中山道に相当するんですが、その大部分が旧街道を迂回します。江戸時代の宿場や史跡が見たければ旧中山道から逸れないようにするのがポイント。

とはいえ、実際は旧中山道なのに「中山道」と書かれていたりして紛らわしいんですどね。こういう「一里塚」とか、気を付けないと簡単に見逃してしまいます。

なので、事前の下調べが重要です。今回の旅では、山と渓谷社さんの『ちゃんと歩ける中山道六十九次』が最も参考になりました。新書サイズで、かつ2冊に分かれているので、持ち運びやすいですよ。

平成の中山道

江戸時代の遺物を探すのもいいですが、あまりそれにとらわれ過ぎず、中山道の「今」の姿もレポートしていきたいと思います。

この記事をシェアする

よく読まれている記事

  1. ガーミンGPS時計を買ったら、最初にやるべき「ガーミンコネクト」設定まとめ
  2. 【2017年版】海外の人気マラソン大会まとめ:憧れのレースに出場するための第一歩
  3. シューズで二股かけるなら、アシックス「DynaFlyte(ダイナフライト)」がおすすめ
  4. 世界6大マラソンを制覇して「Six Star Finisher」になろう
  5. レース中にお腹がゆるくなる「ランナー下痢」の原因と対策について