幻のJR碓氷線。国内最大のレンガ造アーチ橋「めがね橋」は落書きだらけ!?

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群馬県と長野県の県境に「碓氷峠」と呼ばれる交通の難所があります。江戸時代には中山道を往来する旅人たちを泣かせ、明治以降は東京〜新潟の全線開通のボトルネックとして鉄道技師たちを悩ませました。空白地帯であった横川(群馬)と軽井沢(長野)を鉄道で結ぶために導入されたのが、アプト式と呼ばれるラックレールを用いた鉄道。車輪の歯車とレールのラックを噛み合わせることで、急勾配でも安全に移動することができます。

写真は、横川駅の駅前に展示されているアプト式鉄道の車輪。内側の大きな歯車がレールにがっちり噛み合う仕組みです。

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横川〜軽井沢間を走る「碓氷線」は1893年に開通し、東京と北陸地方を結ぶ重要な交通手段として機能してきました。しかし北陸新幹線の開通とともに需要が激減し、1997年には100年以上の歴史に幕を閉じることになります。以降、鉄道施設の一部は国の重要文化財に指定され、観光資源として保存されています。

前置きが長くなりましたが、今回は碓氷線の鉄道施設で最も有名な「めがね橋」(正式名称は碓氷第三橋梁)についてレポートします。

めがね橋

めがね橋は、碓氷峠の中腹、国道18号(中山道)の横川〜軽井沢の中間にあります。中山道を走っているとドドーンと姿を現すので見逃す心配はありません(笑)。近くに路肩駐車している車を何台か見かけましたが、危ないので400メートルほど離れた場所にある駐車場(無料)に停めましょう。

以下は、現地案内板より抜粋。

この碓氷線には、当時の土木技術の粋を集めて、二十六のトンネルと十八の橋梁が造られましたが、なかでもこの碓氷第三橋梁は二百万個以上のレンガを使用した、国内でも最大のレンガ造アーチ橋です。

そんなレンガ造りの橋梁に近づいてみると、、、なんと「アホ」とか「宮本 56.6.7」とか落書きのオンパレード。国の重要文化財が泣いています。。でもよく考えてみると、重要文化財に指定されたのが、1993年なので、宮本さんが落書きした昭和56年(1981年)はまだ重要文化財ではなかったのですね。

めがね橋は入場料がかからず、自由に出入りすることができます。アーチの下を通ると、橋の上へと続く階段があります。

めがね橋の上にやってきました。案内板には「横川駅 4.8km」(手前)と「旧熊ノ平駅 1.3km」(奥)と書かれています。ラックレールの線路は撤去されていますが、橋梁やトンネルは今でも残っています。

トンネルの中は薄暗く、ひんやりとしています。トンネルの照明は午後6時に消灯します。

まだ電車が走っていた頃の写真が展示してありました。

そしてこちらが今の様子。

ちなみに横川駅から熊ノ平までは「遊歩道 アプトの道」が整備されています。温泉郷(峠の湯)や碓氷湖、めがね橋などの名所を観光しながらウォーキングが楽しめます。かなりの急勾配ですが全長6キロコースなので、頑張れば走って往復することもできます!

まとめ

以上、碓氷峠の中腹にある「めがね橋」についてレポートしました。ちなみに昨年10月末にも「めがね橋」に来ています。この時は「碓氷峠ラン184」の折り返し地点が「めがね橋」でした。これまでのランニング人生で最も苦しかったレースのひとつに数えられます。

関連記事:【軽井沢・碓氷峠ラン184】大会レポート:東京タワーより高い坂道を上りきれるか

それからつい最近、中山道を走る企画「ナカ旅」で碓氷峠を走って上りました。こちらは現在の中山道(国道18号)ではなく、江戸時代の旅人たちが通った旧中山道を走っています。

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B!

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