なぜ人間は走るのか?自分がランニングする理由を改めて考えてみた

>

マラソンブロガーのともです。

コロナ禍でマラソン大会が軒並み中止となり、ランニングの目的を見失ってしまった。。と感じる人は少なくないと思います。

僕自身、最近まではマラソン大会で自己ベストを出すことがランニングするひとつの原動力となっていました。

しかし、大会が中止になったからといって、走るのをやめたわけではありません。

チーターは獲物を取るために走り、シマウマは生き残るために走る。

では、人間はなぜ走るのか?

ざっと思いつく理由を挙げてみました。

そして、それを自分に当てはめたときに、自分は「生理的欲求を満たすために走っている」という答えにたどり着きました。

健康のために走る

自分のまわりでは、ダイエットや健康維持、気分転換を理由に走っている人が多いです。

コロナ禍で自宅で過ごすことが増えたことをきっかけに、走り始めた人もいます。

ランニングは、フィジカル面とメンタル面に良い影響を及ぼしますからね。

持久力をつけるために走る

僕の小学生の娘たちは、秋になると「持久走」の課外授業があります。

走ることが目的というよりは、体力(持久力)をつけることが目的です。

また、バスケットボールやサッカーなど、他のスポーツで持久力を養うためにランニングをする人たちもいます。

「精神的欲求」を満たすために走る

人間の欲求を5段階に分類した「自己実現理論」というものがあります。以下はWikipediaより。

自己実現理論とは、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。自己実現論、(マズローの)欲求段階説、欲求5段階説、など、別の異なる呼称がある。ピラミッド状の階層を成し、マズローが提唱した人間の基本的欲求を、高次の欲求(上)から並べる。

● 自己実現の欲求
● 承認(尊重)の欲求
● 社会的欲求
● 安全の欲求
● 生理的欲求

5段階欲求の中でも高次の欲求である「自己実現の欲求」「承認の欲求」「社会的欲求」は、精神的欲求とも呼ばれています。

これらの精神的欲求もまた、ランニングをする理由となり得ます。

例えば、同僚や知人、サークル仲間などと一緒に走ることで「社会的欲求」が満たされます。

また、マラソン大会に出場したり、自己ベストを出したりすることは、「承認の欲求」や「自己実現の欲求」を満たしてくれます。

コロナ禍では、こうした精神的欲求を満たすことが今までよりも難しくなったことは言うまでもありません。

最近流行のバーチャルレースは「社会的欲求」や「承認の欲求」を満たすために一役買っています。

ただし、人によってはバーチャルレースで「自己実現の欲求」を持たすのは難しいと感じるかもしれません。僕もそのひとりです。

「安全の欲求」を満たすために走る

プロランナーや実業団に所属する選手は、走ることで経済的安定性を維持している側面もあります。

つまり彼らにとって、ランニングは自己実現理論でいうところの「安全の欲求」を満たすための手段と言えます。

「生理的欲求」を満たすために走る

5段階欲求の中でも最も低次の欲求である「生理的欲求」は、生命を維持するための本能的な欲求です。

動物は生理的欲求を満たすために走る(獲物を捕まえる・捕食者から逃げる)と言えますが、人間はどうでしょうか?

少なくとも僕の場合、1週間以上ランニングをしないとカラダがムズムズし、頭がおかしくなるという生理的現象が発生します。

僕にとって、ランニングは本能的な欲求に近く、生理的欲求を満たすための必要不可欠な手段です。

ランニングしないと、多分、生きていけないでしょうね。

まとめ

以上、人間はなぜ走るのか?を突き詰めて行ったら、僕自身は「生理的欲求を満たすために走っている」という結論にたどり着きました。

もちろん、僕にとってランニングは「承認の欲求」や「自己実現の欲求」を満たしてくれる側面もあります。

しかし、それよりも「生理的欲求」のほうが強く、ランニングしないと生きていけないことに気づきました。

皆さんはどんな理由で走っていますか?