「屋島」のお遍路道で見つけた瀬戸内海の絶景スポット

読めば走りたくなるブログ「走りずむ」をお読みいただき有難うございます。管理人のtomo.@tomo3run)です。

香川県の高松市中心部から東へ10キロほど行くと、四国八十八ヶ所霊場の第八十四番札所「南面山 千光院 屋島寺」があります。あの「お遍路さん」で一度はお参りに訪れる場所です。前回は、JR高徳線の屋島駅からお遍路道を走って「屋島寺」を参拝してきました。

関連記事:高松からすぐ!お遍路道を走って第八十四番札所「屋島寺」へ

今回は、屋島寺から屋島の最北端まで下り、屋島の東側の県道を走って第八十五番札所「栗山寺」へ向かいます。途中、瀬戸内海を一望できる絶景スポットがあるのでお楽しみに!

フラットな山頂を走る

屋島寺でお参りをした後は、屋島の北端を目指して走ります。この辺りは北嶺というエリアで、緩やかな坂が続きます。

屋島は「メサ」と呼ばれる大地の地形をしています。「山頂」と聞くと尖がったイメージがありますが、屋島は屋根のようなフラットな山頂が広がり、南側(南嶺)には「屋島寺」や旅館、水族館、食堂、駐車場などがあり、北側(北嶺)は自然豊かな国立公園になっています。。

素敵な言葉ですね!「持ち帰ろう!思い出とゴミ」

途中、登山道の西側に展望台がありました。こちらは魚見台。左手に見えるのが高松市の中心部です。

ひたすら緩やかな坂を下っていきます。

ちなみに瀬戸内海はかつて湖だったんですね。500万年前ほどの大昔ですが。それから約6000年前に大陸の氷河がとけて海面が上昇し、今の地形になったそうです。

瀬戸内海のパノラマ展望台!

北嶺の端までくると、急に傾斜がきつくなり、階段を降りていくと展望台にたどり着きました。ここは瀬戸内海を360度見渡せる絶景スポットです!登山道を歩いてきた人だけが見れる景色です。

展望台で老夫婦と雑談しました。地元の方でこの辺りの地理に詳しく、瀬戸内海の島の名前をひとつずつ教えていただきました。

これから北端を目指していることを伝えると、急斜面なので気を付けたほうが良いとのこと。

それからノグチイサムの庭園美術館について訪ねると、予約制なのでフラッと行って入館はできないと教えていただきました。

最後に瀬戸内海の絶景をバックに記念撮影。自分でいうのもなんですが、いい表情してます(笑)。

屋島の最北端を目指して

さて、展望台から下へ進むと、早速険しい崖道に差し掛かりました。目的地の「砲台跡 長崎の鼻」まであと2キロ弱。

かなり足場が悪いです。一歩一歩慎重に進んでいきます。

人がひとり通れるくらいの山道をひたすら下っていきます。

途中、大きな岩にポッカリ空いた洞窟を見つけました。ロープが張られて中には入れませんでした。

いったん自動車道に出てから、さらに屋島の北端を目指します。

「長崎の鼻」と砲台跡

屋島の最北端に到着。このあたりは「長崎の鼻」と呼ばれています。ここには戦前、旧日本軍の砲台があったそうです。以下は現地の案内板より抜粋。

1853年ペリーが軍艦を率いて浦賀に来航して以来、国内では海防の必要性が叫ばれるようになりました。讃岐では1863年幕府の命を受けた高松藩主松平頼聰が高松の港を守るため、ここに砲台を築きました。

これは砲台の跡でしょうか。

ここからは、女木島、男木島、大島、小豆島などの瀬戸内海の島々を眺めることができます。しばらくボケーと海を見ながら休みをとりました。

いやー、のどかですね!

そして海がきれい!見てください、この透明感あふれるブルー

県道150号を走る

さて、いったん自動車道に戻って駅を目指します。ここから八十五番札所の「栗山寺」まで約7キロ。「栗山寺」までは行きませんが、お寺のある五剣山のふもとを目指します。

香川県道150号に沿って、屋島の東側を走ります。車はほとんど通りません。

お金持ちの別荘かと思ったら、「屋島少年自然の家」と書かれていました。ここからの景色も絶景なんでしょうね。

進行方向左手、東側には五剣山が姿を現しました。墓石の中でも最高級と称される「庵治石」が採れ、昔から石材産業が盛んな地域です。採掘のせいか、山肌がかなりえぐられていますね。

おっと、シュールな人形を発見!

お遍路の標石を見つけました。五剣山のふもとまで行くことにします。

那須与一の扇

旅の最後は「那須与一」と「イサムノグチ」で締め括りたいと思います。

このあたりは平安末期の源平合戦の古戦場でした。屋島の山頂には武士たちが刀についた血を洗ったと言い伝えられる「血の池」がありましたし、これから向かう五剣山のふもとには、源平合戦で那須与一が弓矢を放ったとされるスポットがあります。ここが入口です。

奥へ進んでいくと、なんとあの『平家物語』の有名なシーンが再現されてるではありませんか!

「あれはいかに」と見るほどに、舟の内より齢十八、九ばかりなる女房の、まことに優に美しきが、柳の五衣に紅の袴着て、皆紅の扇の日出だしたるを、舟のせがいにはさみ立てて、陸へ向いてぞ招いたる。(平家物語より)

赤い衣装をまとった女性の隣に、赤い扇が描かれています。

こちらは「駒立岩」といって、那須与一が扇の的を落とした時に、駒(馬)の足場を定めた岩と言い伝えられています。

イサムノグチと石材産業

次は、「ノグチイサム庭園美術館」へ立ち寄りました。残念ながら、予約制の美術館なので、ふらっと行って入館することはできません。

しかたないので、外観の雰囲気だけを楽しんできました。次回は家族を連れてきたいですね。

このあたりは昔から石材産業が盛んで、いたるところに石材店がありました。

極めつけは、駅へと続く「むれ源平石あかりロード」。石の町らしく、道路に石が埋めてありました。

今回の旅もいよいよ終わりです。ローカル線の琴平電鉄の琴平屋島駅に到着しました。

どこか懐かしい小さな車両に乗って、高松市の中心地へ戻ります。

B!

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