【高野山町石道】日本一スピリチュアルな全長22kmのトレイルランニングコース

旅ラン・コース紹介

高野山町石道(こうやさんちょういしみち)は、和歌山県にある日本仏教の聖地・高野山の参詣道。登山口の慈尊院と山頂の弘法大師御廟を結び、全長約22km、標高差約800mの登山道でもある。1000年以上も前から人が行き来し、道中には109m毎に「町石」と呼ばれる道しるべが置かれている。

日本で最もスピリチュアルなトレイルランニングコースを駆け上り、弘法大師空海が今でも修行を続けていると言われる弘法大師御廟でお参りをすれば、疲れた心が癒されること間違いなし。今回は高野山町石道を走ってきたので、その様子を紹介する。

この記事の目次

アクセス

高野山町石道の登山口は、和歌山県伊都郡九度山町にある慈尊院という寺だ。最寄駅は、こうや花鉄道の九度山駅。大阪・なんば駅から片道1時間半〜2時間かかる。

大阪から高野山までは、南海鉄道を利用する。まずは大阪・なんば駅から特急・急行列車で橋本駅へ向かう。橋本駅で「こうや花鉄道」に乗り換えて極楽橋駅まで目指す。そして、極楽橋から高野山まではケーブルカーで移動する。九度山駅は、橋本駅と極楽橋の間にある。

コース

高野山町石道の詳しい地図は「わかやま観光情報」の公式サイトでPDFを無料でダウンロードできる。

全長約22km、標高差約800m

高野山町石道は、高野山の登山口の慈尊院と山頂の弘法大師御廟を結ぶ、全長約22km、標高差約800mの参詣道。千年以上も人が往来してきた道であり、近年は世界遺産の観光ルートとして整備されている。要所に標識や案内板が建っているので道に迷う心配はない。コースの途中に公衆トイレや売店、バス停などがあるので安心だ。

「胎蔵界」と「金剛界」

慈尊院から弘法大師御廟までは1本の道だが、宗教的には壇上伽藍を中心に「胎蔵界」と「金剛界」の2つの領域に分かれている。本格的に「参詣」したい人は覚えておくと良いだろう。

現地案内板には次のように記されている。

麓の慈尊院から高野山へ通じる180町(胎蔵界)と壇上伽藍から弘法大師御廟までの36町(金剛界)を高野山町石道といい、弘法大師(空海)が高野山を開創されたとき、1町(109m)ごとに木製の卒塔婆を建てて道しるべとした道で、鎌倉時代には覚きょう上人の発願により、朽ちた木製の代わりに20年の歳月をかけて石造りの五輪塔形の町石が建てられた。

216の町石(卒塔婆)

高野山町石道には「町石(ちょういし)」と呼ばれる卒塔婆が109mごとに建てられている。慈尊院から山頂まで180町、壇上伽藍から弘法大師御廟まで36町ある。町石を数えながら走るのは、高野山町石道ならではの楽しみ方だ。

ルート案内

以下は現地案内板のルート案内。こうや花鉄道・九度山駅からスタート地点の慈尊院に向かい、一気に上り切るのが定番ルート。全長22kmが長すぎるのであれば、上古沢駅や紀伊細川駅からアクセスしてコース中盤に合流するのもありだ。

登山口の慈尊院から弘法大師御廟までの標高差は800mほど。コース序盤と「大門」に向かう坂は傾斜がキツくて歩いてしまったが、それ以外は緩やかなアップダウンが続く。

今回は長丁場なので、以下の4つのエリアに分けてコースを紹介する。

  1. 慈尊院〜六本杉
  2. 六本杉〜矢立
  3. 矢立〜大門
  4. 大門〜弘法大師御廟

1. 慈尊院〜六本杉

慈尊院から六本杉までの距離は4.7km。町石で数えると「180町」から「136町」まで。

まずは高野参詣道の起点である慈尊院にて参拝。弘法大師空海が高野山開創に際し、高野山参詣の要所にあたるこの地に表玄関として816年に草創した。慈尊院は弘法大師の母公のゆかりの地でもある。「我が子が開いている山を一目見たい」と弘法大師の母親が訪ねてきた際に、当時の高野山は女人禁制であったため、弘法大師の元には行くことができず、この慈尊院で暮らしたと伝えられている。

慈尊院には、子授け、安産、乳癌完治などを願って乳房型の絵馬を奉納する習わしがあり、最初に見たときはドキッとした。

慈尊院の脇道から高野山町石道が始まる。最初は味気ない細いコンクリート道を上ってゆく。

しばらく走ると竹やぶに囲まれた山道に入る。

再びコンクリートの道へ。急勾配なので走り続けるのがキツい。一気に高度を上げていく。

あっという間にこの高さ。展望台からの景色に思わず見惚れてしまった。

途中、みかん畑の中を通過する。みかん一袋が100円って、安すぎる。。ハイキングなら持って行けたのに。

これが道なのか?と思うほど細い道を進んでいく。標識がなければ完全に見過ごしていた。

みかん畑を抜けて、山道に入る。

しばらく山道を走り続けると榧蒔石(かやまきいし)と呼ばれる奇石を発見。現地案内板によると、弘法大師が通りかかった際、当時の集落の貧しさを見かねて、この石の上から榧(かや)の種を蒔いた。榧の木は住宅の柱材として重宝されている、この地は木材で大いに栄えたという。

さらに銭壷石(ぜんつぼいし)と呼ばれる石も発見。小銭がジャラッと置いてあった。北条時宗の外戚である安達泰盛が、この石の上に置いた壺に給金を入れ、作業員につかみ取りをさせて与えたという伝承がある。

雨引山分岐までたどり着きました。六本杉まで残すところ2km弱。

こんな感じで細い山道を走り続ける。

人がひとり通れるレベル。

高野山町石道を走っていると必ず目にするのが、町石と呼ばれる石造りの卒塔婆(道しるべ)だ。約109m間隔で建っているので、数えながら走ると楽しい。上の写真は「150町」の町石。慈尊院は「180町」なので、30町=約3kmの道のりを走ってきたことが分かる。

以下は「149町」から「148町」までを動画で撮影した様子。山道とはいえ、約100mなので30秒もあれば1町分を走れる。

ひとつずつお参りする人もいるそうだが、今回はトレイルランニングなので軽く会釈して通り過ぎる。

ようやく六本杉に到着。

2. 六本杉〜矢立

六本杉から矢立までの距離は8.6km。町石で数えると「136町」から「60町」まで。

六本杉から1kmほど緩やかな坂を上っていくと古峠を越える。その先には、二ッ鳥居と呼ばれる、石造りの鳥居が2つ建ち並ぶ奇妙なスポットがある。元は819年に弘法大師によって建立されたものだ。

しばらく緩やかな坂道が続く。道幅は狭く、一歩踏み外せば崖の下。恐ろしい。

山道の脇に「白蛇の岩と鳥居」と書かれた看板を発見。この岩でお参りをして白蛇の姿を見ると幸せになるとか。

しばらく走り続けると、「紀伊高原ゴルフコース」に合流。弘法大師の時代から、いきなり現代にタイムスリップしてしまった。

ゴルフ場の先にある神田地蔵堂で記念スタンプ。最小限の荷物で来たのでスタンプを押すものがなく、手の甲にスタンプを押した。

笠木峠に到着。

ここから山道がさらに細くなり、足場も不安定になる。

町石「66町」まで来た。矢立まであと残すところわずか。

矢立で一旦自動車道に出る。売店、レストラン、自販機、バス停などがあるので、休憩するにはちょうど良い場所だ。

3. 矢立〜大門

矢立から高野山の大門までの距離は5.8km。町石で数えると「60町」から「6町」まで。


<>六本杉〜矢立は緩やかな坂が続く走りやすいコースだが、矢立からはガチなトレイルランニングコースが始まる。まるで吸い込まれるかのように、山奥の中へと入っていきます。

このエリアの最大の見所は、弘法大師の「伝承三石」として知られる「袈裟掛石」「押上石」「鏡石」。中でも最初に目にする袈裟掛石(けさかけいし)は、高野山の清浄結界を張る重要な役割を担っている。

つまり、ここから高野山の「聖域」に入るわけだ。気を引き締めて走り続けると、今度は押上石(おしあげいし)がある。現地案内板によると、弘法大師の母親が結界を乗り越え入山しようとした時、激しい雷雨が母親を襲い、親孝行の弘法大師はこの大盤石を押し上げ母親を隠まったと言い伝えられている。

この辺りから傾斜がきつくなり、走り続けるのが辛くなってきた。

そんなときは町石を数えながら走るのがおすすめだ。

弘法大師の「伝承三石」の3つ目は鏡石(かがみいし)だ。表面が鏡のように平らなことから鏡石と呼ばれ、この石に向かって真言を唱えると心願成就するといわれている。。

疲労で足がフラつき、真言を唱える余裕はなかった。小川に沿ってひたすら走り続ける。

「24町」まで来た。大門まであと2kmちょっと。

ラスト1kmは本当にキツかった。急勾配でとても走れる状況じゃなかった。ほとんど歩きながら大門を目指す。

まるで追い討ちをかけるように「クマ出没」の張り紙を発見。外国人観光客が多いのか、英語で「Beware of Bears」と書かれていた。

最後の階段を上がると、大門がお出迎え。その姿に思わず「おぉー!」と声を上げてしまった。

大門は高野山の入口にそびえ立つ大門。開創当時は現在の地より少し下った九十九折(つづらおり)谷に鳥居を建て、それを総門としていた。山火事や落雷等で焼失し、現在の建物は1705年に再建。高さは25.1mある。

4. 大門〜奥之院コース

大門から奥之院(弘法大師御廟)までの距離は4.1km。町石で数えると、大門から壇上伽藍まで「6町」、壇上伽藍から御廟まで「36町」。

ここからはフラットなアスファルト道が続く。高野山は日本有数の仏教都市であると同時に、世界各地から観光客が集まる世界遺産でもあり、コンビニやレストラン、売店や宿泊施設などがある。

走り始めてすぐに壇上伽藍(だんじょうがらん)に到着。弘法大師が高野山を開創した際に、真っ先に整備された場所。壇上伽藍は、胎蔵曼荼羅の世界を表していると言われており、奥の院と並ぶ信仰の中心だ。高野山町石道はここ壇上伽藍を起点に慈尊院へ180町、弘法大師御廟へ36町の道のりを結ぶ。

ちょうどお寺の鐘が鳴っていた。

ここから弘法大師御廟まで、新たに36町の高野山町石道が始まる。標高900メートルだけあって、気温は2.5℃。所どころに雪が残っている。

走り始めて間も無く、今度は金剛峯寺の横を通りかかりました。時間がないので観光せずに走り過ぎた。

高野町の中心街に来た。建物がシックなデザインで統一されている。

弘法大師御廟へ行く前に腹ごしらえするため、南山料理「いけだ」で天ぷらうどん定食をいただく。

高野山町石道もいよいよラストステージへ。ここからは日本で最もスピリチュアルな場所といわれる高野山奥之院の敷地内へ入る。

奥之院には、歴史上の有名人仏の墓碑がズラリと立ち並んでいる。入口付近は諸大名の墓碑が多く、こちらは加賀前田家のお墓。

こちらは薩摩島津家。最初は「すごーい!」と立ち止まっていたが、あまりにも凄すぎて感覚が麻痺してきた。

どんどん奥へと進んでいく。

本当に不思議な場所で、まるで時間が止まっているかのようだった。

奥之院の墓碑の多くは五輪塔と呼ばれる形をしている。仏教では「宇宙は、空・風・火・水・地の五つの要素から構成されている。」といわれる。五輪塔はこの五つの構成要素を宝珠・半月・三角・円・方形にかたどっており、それぞれの部分にサンスクリット文字(梵字)で空・風・火・水・地が刻まれている。

上の五輪塔にも円には「水」、方形には「地」の文字がうっすらと見えた。ちなみに、高野参詣道に建つ「町石」も実は五輪塔の形をしている。

武田信玄や上杉謙信など、戦国武将の墓碑もたくさんあった。こちらは織田信長の墓碑。意外と質素。

弘法大師御廟は奥之院の最深部にある。手前の「御廟の橋」から先は写真撮影が禁止されていた。

ここからは脱帽し、歩いて弘法大師御廟へ向かった。御廟参拝のあとは、お守りと開運厄除のお札を自分と家族と知人用に購入した。高野山奥之院のお守りならご利益がありそうだ。

お役立ち情報

トレランシューズは必須

全体的に走りやすいコースとはいえ、足場の悪いエリアもあるので、シューズはトレイルランニング用のものが良い。今回僕はサロモンのトレイルランニングシューズ「XA PRO 3D GTX」を履いて行った。防水(ゴアテックス)仕様なので水に濡れても安心だ。

クマ除け鈴も持っていこう

現地に「クマ出没」の張り紙があったので、念のため熊よけの鈴を持っていくと安心だ。

走行時のマナー

高野山町石道は歩いて登る方たちも多いので、走行中はくれぐれも歩行者の邪魔にならないように注意する必要がある。追い抜くときはスローダウンして、「お先に失礼します」と声をかけるのが最低限のマナー。ちなみに僕が走った12月はオフシーズンということもあり、慈尊院〜大門ですれ違ったのはたったの4人だけ。冬はトレイルランニングにおすすめの時期かもしれない。

手軽にトレイルランニングを楽しむ方法

全長22km、標高差800mはハードルが高すぎるという方には、、こうや花鉄道の上古沢駅から「古峠」に入り、「矢立」まで走って紀伊細川駅に戻る、というコースがおすすめだ。この区間はアップダウンが緩やかなのでトレイルランニング初心者でも無理なく走れる。

高野町の名物「やきもち」

高野町に来たら是非食べて欲しいのが、名物の「やきもち」だ。

空海の風景