日光街道の走り方:日本橋〜日光東照宮140kmの旅ラン全記録

2021年6月24日〜27日の4日間「日光街道」をランニングしながら旅をした。東京都・日本橋から栃木県・日光東照宮まで約140kmの道中には21の宿場町をはじめ、国指定名勝の「草加松原」や世界一の並木道「日光杉並木街道」がある。感動が薄れないうちに、旅ランの全記録を書き留めておく。

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今回の旅ランでは、サロモンの2Lバックパック「AGILE 2」とハーフパンツの「XA 7インチ SHORT」に持ち物を分散させることで身軽に走ることができた。

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この記事の目次

日光街道とは?

日光街道は、江戸(現・東京都日本橋)と日光東照宮(現・栃木県日光市)を結ぶ歴史街道。約140kmの道中には、21の宿場が置かれていた。

現在は東京〜宇都宮区間は国道4号、宇都宮〜日光区間は国道119号を日光街道と呼ぶが、江戸時代の旅人が行き来したルートは必ずしも国道とは必ずしも一致せず、「旧日光街道」と呼ばれている。

今回の旅ランでは、旧日光街道を忠実に走るために『ちゃんと歩ける日光街道・奥州街道 日光道中二十一次』を参考にした。歴史街道をウォーキング、ランニング、サイクリングする人たちにとってはバイブルのようなシリーズ本だ。

日光街道21の宿場町

道中にある21の宿場町は以下のとおり。

距離最寄駅
日本橋東京駅
千住8.8km北千住駅
草加9.7km草加駅
越ヶ谷9.0km北越谷駅
粕壁(春日部)10.0km春日部駅
杉戸6.6km東武動物公園駅
幸手5.8km幸手駅
栗橋8.3km栗橋駅
中田1.6km栗橋駅
古河5.8km古河駅
野木2.7km野木駅
間々田6.7km間々田駅
小山7.4km小山駅
新田5.7km小金井駅
小金井2.6km小金井駅
石橋7.2km石橋駅
雀宮6.6km雀宮駅
宇都宮7.9km宇都宮駅
徳次郎10.5km宇都宮駅
大沢9.6km下野大沢駅
今市7.4km下今市駅・今市駅
鉢石8.5km東武日光駅・日光駅

4日間で140kmを走る

今回は4日間に分けて日光街道140kmの道のりを走ることにする。区間は以下のとおり。

  • 日本橋〜春日部(38km)
  • 春日部〜小山(39km)
  • 小山〜宇都宮(31km)
  • 宇都宮〜鉢石(36km)

距離的には1日40km以内に収まるので、4日間連続でフルマラソンを走る感覚だ。また、春日部、小山、宇都宮はいずれもターミナル駅なので電車での行き来がしやい。1日目と2日目は現地で宿泊せず、一旦さいたま市の自宅に帰宅する。

コースの魅力

日光街道は江戸五街道の中でも距離が140kmと最も短かく、比較的走りやすいのが特徴だ。3日間だと1日平均47km、4日間だと1日平均35km、7日間だと1日平均20kmの計算になる。

また、日光街道は距離が比較的短いながらも、道中に魅力的なコンテンツが多い。中でも次の4つは個人的に日光街道最大の魅力だと感じた。

  1. 浅草雷門
  2. 草加松原
  3. 利根川横断
  4. 日光杉並木街道

1. 浅草雷門

まずは、東京の浅草雷門。日光街道が雷門の前を通るとは知らなかった。時間に余裕があれば浅草寺でお参りをしていきたい。

2. 草加松原

草加宿の先、綾瀬川沿いに約1.5kmの草加松原遊歩道は松並木が美しい。かつて松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出たときに通った道でもある。

3. 利根川横断

栗橋宿(埼玉県)と中田宿(茨城県)の境に流れる一級河川。そのスケールの大きさに感動した。

4. 日光杉並木街道

そもそも僕が日光街道を走りたいと思ったきっかけがこれ。宇都宮宿〜鉢石宿の区間にかけて続く「日光杉並木街道」は、世界一長い並木道としてギネスブックにも掲載されている。特に大沢宿〜鉢石宿区間は樹齢数百年の杉がびっしりと並び、まるで時空を超えて旅をしているかのような感覚に陥る。これについては、後ほど詳しく紹介したい。

それでは、4日間の旅ランを振り返っていこう。

1日目:日本橋〜春日部

初日は日本橋宿を出発し、千住宿、草加宿、越ヶ谷宿を経て、春日部宿まで38kmの道のり(ガーミン実測値は34km)を走った。天気は曇り時々雨、最高気温は27℃。

早朝に自宅から東京・日本橋まで電車で移動し、日光街道の起点である「道路元標」から走り始めた。

日本橋

以下は東京都中央区日本橋室町にある「道路元標」。東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の江戸五街道はここを起点としている。

ここから日本橋三越に向かって走り始め、日本橋三井タワーの先の交差点を右折すると「旧日光街道」に入る。一般的にいう「日光街道」は東京〜宇都宮は国道4号、宇都宮〜日光は国道119号を指すが、必ずしも昔の日光街道と同じルートではない。今回は江戸時代の旅人が行き来した「旧日光街道」に沿って走る。

馬喰町を通り過ぎると神田川に差し掛かる。

そのまま江戸通りを北上して浅草を目指す。この辺りは信号が多く、走っているよりも信号待ちで立ち止まっているほうが多かった。1時間で5kmしか進めていない。

気づいたら浅草雷門にたどり着いた。旧日光街道は雷門の前を右折する。

するとスカイツリーとアサヒビールの本社ビルが姿を現した。コロナの影響なのか、普段は観光客で賑わう浅草駅前は閑散としている。

浅草から都道464号を北上すると、「泪橋」の交差点で台東区から荒川区に入る。江戸時代に、この先にあった「小塚原刑場」に連れて行かれる罪人と家族がここで別れたことから「泪橋」という名前が付いたとのこと。

泪橋の先は南千住駅。遊歩道を通り、駅の反対側へ。

遊歩道のすぐ先に「小塚原回向院」の入口がある。ここはかつて「小塚原刑場」があった場所だ。

小塚原刑場は、鈴ヶ森刑場(現・品川区)と大和田刑場(現・八王子市)と並ぶ江戸の「三大刑場」のひとつ。蘭学者の杉田玄白が解剖を行なった場所でもあり、敷地内には記念碑があった。

敷地内には著名人の墓もあり、こちらは吉田松陰のお墓。

小塚原刑場を後にして走り続けると国道4号に合流し、まもなく「千住大橋」を渡る。

千住大橋を渡った先は「おくのほそ道 旅立ちの地」として知られる。松尾芭蕉が旅した「奥の細道」の一部は旧日光街道と重なり、千住宿や草加宿の周辺では松尾芭蕉の記念碑をよく見かけた。

千住宿

千住宿の入口には石造りの道標が立っており、進行方向手前が「日本橋」、先が「草加宿」と記されている。

「千住ほんちょう商店街」の交差点は、かつて千住宿の本陣があった場所。ちなみに左の建物の入口に立つ銅像は松尾芭蕉。

とそこで、急に雨が降り出したので、Onの「Waterproof Anorak」を着用した。写真は千住本町公園内の高札場前にて撮影。

千住宿を後にして、千住新橋を通って荒川を渡る。「日本橋から9km」の道標を見かけた。

千住新橋を渡ると足立区に入る。電柱に「旧日光街道」と書いてあるのがちょっと嬉しい。次第に雨が弱まってきたので「Waterproof Anorak」を脱いでランニングパンツのポケットにしまった。

しばらく走り続けると、埼玉県草加市に突入。

草加宿

以下は草加宿の清水本陣跡の記念碑。本陣の建物はなく、今はマンションが建っていた。

宿場町の外れに「神明庵」という古民家を見つけた。地元の観光案内スポットとして、誰でも無料で利用できる。日光街道の宿場町で販売している「御宿場印」はここで買える。

「草加せんべい発祥の地」の記念碑。草加といえばやっぱり煎餅のイメージが強い。

綾瀬川沿いにある「札場河岸公園」でまたまた松尾芭蕉を見かけた。ここから日光街道の見どころのひとつである「草加松原」が始まる。

草加松原は国指定の名勝。綾瀬川沿いに1.5kmほど松並木が続く。

草加松原の一角に「ドナルド・キーン記念植樹」がある。キーン氏はアメリカ出身の日本文学研究者で、松尾芭蕉の『奥の細道』を翻訳書が有名。英語名は『The Narrow Road to Oku』。

草加松原は歩道橋で結ばれているため、ノンストップで走り続けることができる。アップダウンの良い練習にもなりそうだ。

街道沿いには一里(約4km)毎に「一里塚」が置かれていた。綾瀬川沿いには「蒲生の一里塚」が残っている。埼玉県内の日光街道沿いに残る唯一の一里塚らしい。

埼玉県指定史跡でもある。

ちょうどベンチがあったので、ここで休憩することにした。近くのセブンイレブンでエナジーゼリーとアイスとスポーツドリンクを調達し、一里塚の前でボーッと過ごした。

日本橋を出発してから18km。正午を過ぎているのに、まだ半分の距離しか走れていない。少し焦りを感じ始めた。

越ヶ谷宿

越ヶ谷宿には宿場町の目印になるものは見当たらなかった。写真は北越谷駅前。

ひたすら国道4号を走り続ける。せんげん台駅前まで来ると、「日本橋から30km」を道標を見かけた。初日の目的地である春日部宿まであと少し。

まもなく春日部市に突入。ちなみに昔は春日部を「粕壁」と書いていたとのこと。

春日部宿

人気アニメ「クレヨンしんちゃん」で知られる春日部は、江戸時代は宿場町として賑わっていた。ちなみに昔は「粕壁」と書いたらしい。街道を走っているとこういう発見があって面白い。

途中で国道4号から外れて、春日部駅方面へ向かう。駅から300mほど離れた場所に日光道中粕壁宿の案内板を見かけた。

今日はここまで。

走り終えた後は、「春日部温泉 湯楽の里」で汗を流し、電車でさいたま市の自宅に戻った。

2日目:春日部〜小山

2日目は春日部宿を出発し、杉戸宿、幸手宿、栗橋宿、中田宿、古河宿、野木宿、間々田宿を経て、小山宿まで39kmの道のり(ガーミン実測値は40km)を走った。天気は曇り、最高気温は27℃。

前日は走り終えてから帰宅したため、早朝に自宅から春日部駅まで電車で移動して、8時に春日部宿を出発した。古利根川を渡って杉戸宿を目指す。

再び国道4号に合流。

写真右は国道4号で、左の脇道が旧日光街道。国道4号を走り続けても問題ないが、一応、昔の旅人が行き来したルートを忠実にたどりたい。

杉戸宿

まもなく杉戸宿に到着した。写真は「角穀跡」と呼ばれる古民家でかつての米問屋だったそうだ。

杉戸宿の道標を見つけたので記念撮影。

春日部市から幸手市へ。幸手は(さって)と読む。

首都圏をぐるりと囲む「圏央道」が見えてきた。ずいぶん遠くまで来たものだ。

東武日光線の踏切を何度か行き来する。

幸手宿

再び市街地に入ると幸手宿にたどり着いた。

こちらは宿場町の中心地にある幸手宿の案内板。最盛期には千軒近くもの家が軒を連ねていたそうだ。

幸手宿を後にすると、右手に「幸手権現堂」が見えた。ここは埼玉県有数のお花見のスポットとして知られており、春には「幸手さくらマラソン」が開催される。2019年にハーフの部に参加したが、幸手権現堂の桜回廊には圧倒された。

突然の田園風景。遠くに東武日光線の電車が見え流。いかにもインスタ映えしそうな場所だが、もしかしてここは鉄道写真の有名スポットなのかもしれない。

しばらく国道4号が車道のみとなるので、横の小道をひたすら走り続ける。この辺りで埼玉県幸手市から久喜市に入る。

春日部以南に比べてコンビニの出現回数が激減した。コンビニはエイド補充やトイレ休憩の重要な拠点なので、コンビニがないと困る。スポーツドリンクが底をついてしまったので、しかたなく自販機で購入。コンビニは電子マネーが使えるけど、自販機は現金で釣り銭が出るのが嫌なんだよな。。走っているとジャラジャラするし、重いし。

栗橋宿

利根川の手前で栗橋宿を通過する。

宿場町の外れまで来ると、利根川の土手が見えた。

こちらが利根川。さすがにスケールが大きい。

利根川を越えたら栃木県だ!と思ったら、茨城県だった。ここから茨城県古河市に入る。

中田宿

利根川を挟んで、栗橋宿の対岸にあるのが中田宿。宿間の距離は1.6kmしかなく、この2つの宿は「合宿」と呼ばれペアで機能していたらしい。

茨城県の県道228号をひたすら走り続ける。

JR東北本線の踏切を超えると「中田の松原」と呼ばれる松並木の道が続く。といっても、江戸時代の松並木は大昔に伐採されてしまい、近年植樹された松並木はインパクトに欠ける。

古河宿

ようやく古河宿までたどり着いた。宿場町の入口では古風な看板が出迎えてくれる。

古河宿は宿場町を盛り上げようとする姿勢が見れとれて、道中の至る所に案内板が置かれている。

脇道に逸れる時も、ちゃんと旧日光街道の進路を教えてくれる。

野木宿

再び国道4号に合流してひたすら北上し続ける。日本橋から64kmあたりが野木宿のあった場所だ。ちなみに野木はもう栃木県。いつの間にか茨城県から越境していた。

案内板も立っていた。比較的小規模な宿場町だったようで、当時の面影を感じるものは見当たらなかった。

こちらは民家の一角にある野木の一里塚跡。江戸より17番目(17里、1里約4km)の一里塚なので、距離にすると68kmぐらいか。

国道4号の距離表示はそれよりも少ない。ちなみにこの辺りは何故か100m間隔で道標がおいてある。

間々田宿

東京から70km。

日本橋から11番目の宿場町だった間々田宿に到着。

こちらは住宅街の真ん中に立つ「間々田八幡宮」の鳥居。

日光街道沿いには古いお寺や神社が数多く残っているが、時間に余裕がないため、やむなくスルー。旅ランを計画する際には、現地での観光時間も加味するべきだ。この日は春日部〜小山区間約40kmを6時間で走り切る必要があるため、寄り道する時間はない。

なぜ6時間かというと、14時までに小山駅に着いて自宅に戻り、娘たちの習い事の送迎という重要なミッションがあるからだ。旅ランくらい時間を気にせずのんびり走りたい。。と思う反面、締切時間があった方がメリハリができて走りやすかったりもする。

小山宿

間々田宿から小山宿までの距離は8km弱あるが「締切」のおかげであっという間に完走できた。しかも予定よりも30分早く到着。小山は東北新幹線の停車駅(大宮から1駅約15分)で新幹線通勤する人が多いそうだ。コロナ禍での移住先としても人気があるらしい。

今日はここまで。4日間のうち最長区間を無事に走り終えてひと安心。

走り終えた後は小山駅の近くにある「幸の湯」で汗を流すつもりが、15時半から営業でしかも金曜日は定休日とのこと。しかたなく小山駅のトイレで着替えを済ませて、新幹線に乗って帰宅した。

3日目:小山〜宇都宮

3日目は小山宿を出発し、新田宿、小金井宿、石橋宿、雀宮宿を経て、宇都宮宿まで30kmの道のり(ガーミン実測値は27km)を走った。天気は晴れ、最高気温は28℃。

前日は走り終えてから帰宅したため、早朝に自宅から小山駅まで電車で移動して小山宿から出発した。大宮〜小山は東北新幹線で1駅(約15分)なのでドアツードアで1時間もかからないのは驚いた。

宇都宮までは基本的に国道4号を北上するが、旧日光街道は所々で脇道に外れる。

時折、「本当にこの道でいいのかな。。」と不安になるが、突然一里塚が現れたりするのでワクワク感が止まらない。こちらは日本橋から21番目の一里塚である「喜沢の一里塚」。

新田宿

小山から6km弱で新田宿にたどり着いた。「にった」ではなく、「しんでん」と読む。日差しが強くなり、熱中症が心配になるレベルの蒸し暑さだ。

こちらは「羽川薬師堂」。旧日光街道から歩いて1分の場所にあるので寄り道してみた。

またまた脇道に外れて、今度は住宅街に紛れ込んだ。

小金井宿

住宅街を抜けて国道4号に合流すると、何やら立派な大木が見える。近づいてみると「小金井一里塚」だった。

日本橋から22番目の一里塚なので、先ほど見た「喜沢の一里塚」から4kmほど走ってきた計算になる。日本橋からは88km。

こちらは小金井宿の本陣跡。玄関だけ残っていた。外壁はこの辺りで採れる大谷石だと思う。

石橋宿

次の石橋宿では記憶があまり残っていない。。暑さのせいで頭が朦朧としていた。写真はJR石橋駅前通りの写真。こんなとこで撮影したかな。。と記憶が曖昧だ。

過去に熱中症にかかりかけた経験があるので、熱中症の恐ろしさは理解している。少しでも油断すれば命に別状がなくても、旅ランを断念するという事態に陥る危険と隣り合わせだ。とにかく深部体温の上昇を抑えることが大事なので、道中のマクドナルドで早めの休憩を取った。クーラーの効いた店内でマックシェイクを飲むと、一気に生き返った気がした。実はこの後も別のマクドナルドでマックシェイクを飲んでいる。

国道4号を走り続けると、いつの間にか宇都宮市にたどり着いた。

こちらは宇都宮駐屯地。日光街道沿いに玄関口がある。

雀宮宿

国道4号でウォーキングに勤しむ集団を見かけた。もしかして日光街道を歩いていのではと思ったら、先導役の男性が「そこの交差点が、すずめのみやの宿場町があったところです」と案内していた。その手には『ちゃんと歩ける日光街道・奥州街道 日光道中二十一次』があったので、やっぱり僕の勘は間違っていなかった。

「雀宮」の読み方も分かった。

雀宮宿の少し先に「日本橋から100km」の道標を発見!

宇都宮に近づくにつれて道路の幅が広くなっていく。「日光まで31km」という標識を目にするが、これは日光市までの距離なので、日光街道終点の鉢石までは後40kmほどある。

ここで国道4号(写真右)と国道119号(写真左)が分かれする。ここからは国道119号が日光街道となる。

このような枝分かれを「追分」と呼ぶが、この追分には「不動堂」が建っている。江戸から来る旅人にとって不動堂は宇都宮に入る目印だったという。

こちらは宇都宮出身の偉人、蒲生君平の記念碑。といってもピンと来ないので写真だけ撮ってスルーしてしまった。

宇都宮宿

なぜかラスト2kmは異様に長く感じたが、なんとか今日の終点の宇都宮宿にたどり着いた。ちょうど宇都宮裁判所の辺りが宿場町の中心だった場所だ。

走り終えると、空腹を満たすために近くで餃子のお店を探した。宇都宮といえば餃子。やはり餃子を食べなくては。行き着いたのは、手作り餃子の店「餃子のバリス」。厚皮でパリパリとモチモチが同時に楽しめる不思議な食感の肉餃子をいただき、身も心も満たされた。

4日目:宇都宮〜鉢石

最終は宇都宮宿を出発し、徳次郎宿、大沢宿、今市宿を経て、日光東照宮の玄関口である鉢石宿まで36kmの道のり(ガーミン実測値は32km)を走った。天気は晴れ時々曇り、最高気温は26℃。

前日は帰宅せず、宇都宮のビジネスホテルに泊まった。朝6時半に朝食を食べて7時半に宇都宮宿を出発した。天気予報では降水確率100%だったのでずぶ濡れを覚悟していたが、雨が降る気配はなく、むしろ日差しが強くなり熱中症が心配になるくらいだった。

走り始めて間もなく街道沿いに古民家を発見。ただし江戸時代のものなのか、ただの古民家なのか区別がつかなかった。

国道119号をしばらく走り続けると「世界遺産 日光の社寺」の標識が目に入る。

すると道路の両脇に杉並木が姿を現した。いよいよ日光街道っぽくなってきた!

とはいえ、これらの杉並木が日光東照宮までずっと続いているわけではない。

宇都宮動物園のあたりまで来ると、杉並木の密度がどんどん高くなっていく。

こちらは「高谷林の一里塚」で日本橋から29里目。

昼頃には日光東照宮に到着したいので、ここから少しペースアップして着実に距離を稼いでいった。

徳次郎宿

徳次郎宿は宇都宮宿から10kmも離れているが、下・中・上の3宿で1宿となっている。以下は下徳次郎宿跡の金井邸。

中徳次郎宿跡。

中徳次郎宿の先でケヤキの大木が目に留まった。

こちらは徳次郎智賀都神社の御神木。樹高約40m、推定樹齢700年の神レベルのケヤキだった。

上徳次郎宿跡。ちなみに下・中・上の3宿のうち、上徳次郎宿が旅籠が最も密集していたらしい。

早くも30番目の一里塚「石那田の一里塚」を通過。日本橋から120km近く走ってきた計算になる。日光東照宮まで残すところあと20km。

そしていよいよ日光市に突入!

大沢宿

大沢宿から終点の鉢石宿までは約16kmほどの道のり。日光杉並木街道を走るなら、この区間をぜひおすすめしたい。

大沢宿近くに日光杉並木の入口がある。杉並木の中は、見るからに神秘のベールに包まれている。ここを走れると思うと、鳥肌が立つほどに興奮する。

この辺りは杉並木を保護するために自動車は通行禁止となっている。つまり歩行者と自転車だけが通行を許されている。

「国道119号」の標識があっても車が来ないので安心して走れる。

日光杉並木街道は幹線道路を縫うような形で伸びている。こうして時折車道に出ては、再び杉並木街道に戻るを繰り返す。

水流の音がするのでよく見ると、杉並木の両側には水が流れている。手を入れてみるとひんやりと冷たい。

なお、以下は日光杉並木街道を走りながら撮影した動画。画質はあまり良くないが、雰囲気は伝わると思う。

日光杉並木は手入れが大変らしい。時折、このような残骸を目にする。台風や強風で倒れたりするのだろう。

しかし切り株の大きさは規格外サイズというか、スケールが大きすぎてピンとこない。

「日光杉並木街道は、我が国で唯一、国の特別史跡・特別天然記念物の二重指定を受けた貴重な文化遺産です。」と書かれた案内板を発見。セブン・イレブン記念財団が支援しているそうだ。

今市宿

一旦、杉並木を抜けると今市宿にたどり着いた。すると「報徳二宮神社参道入口」の標識が目に留まった。「報徳二宮」といえば二宮尊徳(金次郎)のことだ。なぜ今市に?と気になり、神社に寄り道してみると、二宮尊徳を祀った神社であることが分かった。

境内にはお馴染みの二宮金次郎像と二宮尊徳の墓がある。そういえば今回の旅の最初の方で吉田松陰の墓参りしたことを思い出した。

今市は二宮尊徳が余生を過ごした場所だったのだ。

宿場町を抜けると、再び日光杉並木街道が姿を現す。

日光杉並木街道は1625年から20年の歳月をかけて植樹され、当時植えられた杉の数は5万本と言われている。今では1万2千2百本までに減ってしまったらしい。ちなみに日光街道・日光例幣使街道・会津西街道の3街道の杉並木を合わせると30kmを超え、「世界で最も長い並木道」としてギネスブックに掲載されているとのこと。

この近の杉並木公園の園内に「朝鮮通信使の今市客館跡」があった。江戸時代に日本を訪れた朝鮮通信使が日光参拝の際に滞在した場所らしい。

杉並木を進んでいくと、神秘的な光景に心を奪われる。まるで時空を超えて旅をしているかのようだ。

個人的には、日光だいや川公園付近の杉並木の景観が一番気に入っている。今回の旅ランでベストショットを一枚選ぶとしたら、間違いなくこの写真だろう。

ちなみに場所はこの辺り。

「砲弾打込杉」という変わった杉がある。これは戊辰戦争の時、官軍が幕府軍を攻撃した際に砲弾が当たってしまったらしい。

幹の凹んだ所とあるので、多分この場所だろう。

この辺りの杉には一本一本に表札が付いていることに気づいた。調べてみると。スポンサーという形で杉のオーナーになれるらしい。この「杉並木オーナー制度」では、1本につき1000万円を栃木県に預ける。契約を解除すればお金は戻ってくる。県は預かったお金の運用益を保全活動に充てるわけだが、長引く低金利で運用益が減っているらしい。さらに契約数も増えていないため、運用は厳しそうだ。

さて旅ランに話を戻すと、杉並木の最後の方は石畳が整備されている。この辺りの雰囲気もなかなか良い。

東武日光線の電車を見かけるようになると、日光東照宮の玄関口である東武日光駅はすぐそこ。

子どもが生まれてから東照宮に3回ほど訪れているが、いつも車で来るので東武日光駅に来るのは十数年ぶりだ。確か妻と結婚する前に2人で日帰り旅行で来た記憶がある。気になってGoogleフォトで調べてみたら、2005年2月18日に訪れていた。当時は付き合い始めたばかりでラブラブな写真ばかり出てきて恥ずかしい。。

鉢石宿

いよいよ日光街道の旅ランも終盤に入った。東武日光駅から緩やかな上り坂を駆け抜けていく。

オレンジ屋根の金谷ベーカリーが見えると、ゴールはすぐそこ。

終点の「神橋」の前で記念撮影をして旅ランの幕を下ろした。

ついでに世界遺産の石碑の前でも記念撮影。

日光東照宮

到着時間は正午過ぎ。予定よりも早く走り終えることができたので、近くの旅館「日光星の宿」で湯葉御膳ランチをいただいた。日帰り入浴も付いているので長旅の汗を流した。

疲れてはいたが、日光街道を走破したのに東照宮をお参りせずに帰るわけにはいかない。とりあえず「見ざる・聞かざる・言わざる」だけ拝んで帰ろうかと東照宮に足を踏み入れるが、それなら「眠り猫」も見ておこうという気になり、結局は徳川家康が埋葬されている頂上の「神廟」まで行ってきた。

というわけで、4日間の日光街道旅ランはこれにて終了。こんな感じで毎年2〜3回は泊まりがけの旅ランをやっているので、興味があれば、ぜひ他の旅ランのレポートも読んでほしい。

お役立ち情報

実際に日光街道を走ってみて気づいた点を挙げる。

Googleマップでルート管理

今回は旧日光街道を忠実に走るために『ちゃんと歩ける日光街道・奥州街道 日光道中二十一次』を参考にした。しかし本を持ち運ぶと荷物になるので、Googleマップにルートをプロットして、スマホで確認するようにした。また、宿場町の本陣の場所や一里塚などをGoogleマップ上にピン留めしておけば、見落とす心配もない。

ランニングウォッチは自動停止機能を利用

日光街道の大半は市街地を走るため、信号待ちで止まることが多い。特に東京都内は数百メートル毎に足止めをくらう。その度にランニングウォッチを一時停止するのは大変なので、自動停止(オートポーズ)を設定しておくと便利だ。さらに徒歩よりも遅いペース(例えば10:00/km)で自動停止する設定にすると尚更便利だった。

休憩は早めに

旅ランで携帯する荷物を極力減らすために、スポーツドリンクやエナジージェルは道中のコンビニで調達している。しかし春日部より先はコンビニの数が少なくなり、エイド補充やトイレ休憩が必要な時にできないことが多い。そこで休憩は前倒しで取ることをおすすめしたい。

ちなみに今回よく飲んだスポーツドリンクはサントリーの「グリーン ダカラ 600ml」。甘さ控えめで後味スッキリなのが気に入った。エナジーゼリーは糖分補給だけでなく熱中症予防にも効果的な「ウイダー inゼリー エネルギーレモン」がお気に入り。

荷物・装備類

今回の日光街道旅ランの荷物と装備は以下のとおり。

  • ランニングキャップ(On Lightweight Cap)
  • サングラス
  • ビニール袋
  • 給水ボトル(サロモン ソフトフラスク 500ml
  • マスク
  • アクションカメラ(Insta360 GO 2
  • モバイルバッテリー・充電器(Anker PowerCore III Fusion 5000
  • ガーミンウォッチ(fenix 6X
  • 日焼け止めクリーム
  • 手ぬぐい
  • ランニングTシャツ(マラソン大会参加賞)
  • ハーフパンツ(サロモン XA 7インチ SHORT
  • ロングパンツ(パタゴニア ストライダー・プロ・パンツ)
  • アンダーウェア(On Hybrid Shortsのインナー)
  • レインウェア(On Waterproof Anorak)

荷物はサロモンの軽量(2L)バックパックの「AGILE 2 SET」に詰め込み、入り切らないものはハーフパンツの「サロモン XA 7インチ SHORT」の収納ポケットに押し込んだ。

ちなみにシューズは、2021年6月に発売されたばかりのホカオネオネ「クリフトン 8(CLIFTON 8)」を履いて走った。

マシュマロのように柔らかいクッションが着地の衝撃から守ってくれるので、140km走っても脚が痛むことはなく、疲労も最小限に抑えることができた。

関連情報

サロモン AGILE 2 SET

今回の旅ランでは、サロモンの2Lバックパック「AGILE 2」とハーフパンツの「XA 7インチ SHORT」に持ち物を分散させることで身軽に走ることができた。